阪神大震災から24年、夜明け前の追悼「限界」取りやめ相次ぐ

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17日で発生から24年となる阪神大震災の追悼行事を取りやめる動きが、兵庫県内で相次いでいる。背景には被災者の高齢化が進んだことに加え、夜明け前の行事に出席する身体的負担も。行事の減少傾向は近年続いており、関係者からは「震災の風化につながる」と懸念する声も上がる。(林信登)

「百万ドルの夜景」を一望できる神戸市中央区の諏訪山公園・ビーナスブリッジで、震災翌年から毎年行われてきた「早朝追悼のつどい」。実行委員会は昨年11月、震災24年となる今回での終了を決めた。

つどいでは毎年、震災発生時刻の午前5時46分に追悼の鐘を鳴らし、遺族らが黙祷(もくとう)。トランペット奏者、松平晃さん(76)=川崎市=が犠牲者に向け追悼の音色を響かせてきた。平成19年の十三回忌でいったん終了となったが、存続を望む市民の声を受け、翌20年以降も被災者ら有志の実行委で続けてきた。

しかし、実行委のメンバーの多くが80~90代と高齢になり、健康面に不安を抱える人が増加。冬は路面が凍ることもある暗い山道を登ることも危険なことから、今回で区切りとする。実行委の委員長を務める安田秋成さん(93)は「街の明かりとともに犠牲者をしのぶ貴重な式だった。追悼の場が減るのが残念だ」と肩を落とす。

高齢化などを理由に取りやめるケースは、兵庫県内で相次いでいる。神戸市の市民団体「市民による追悼行事を考える会」の調査によると、今年1月17日前後に予定される追悼行事は昨年12月時点で計53件。昨年よりも3件減り、震災20年の節目だった27年の110件からは半減した。

1月17日に鐘を鳴らす寺院などもここ10年で半減し、近年は正午に遅らせるケースも目立つ。同会の世話人、計盛(かずもり)哲夫さんは「この傾向が震災の風化につながらないようにしたい」と話している。

夜明け前の追悼行事は身体的な負担が大きいとして、開催時間を見直す動きもある。

神戸市長田区の復興住宅「フレール・アスタ若松」では毎年、震災発生時刻に合わせ、敷地内の復興記念碑前で追悼行事を開催してきた。しかし、参加者の大半が80歳を超え、数年前から「寒さの厳しい夜明け前に集まるのは体力的にきつい」との声が上がった。自治会は昨年11月、役員会で行事の取りやめを提案し、全会一致で承認された。

一方で、復興住宅内で毎月開いている交流会「ふれあい喫茶」を初めて17日朝に開催する。住民や若い世代に向け、震災当時や復興の道のりを語り継ぐ内容という。実行委副委員長の船引康義さん(53)は「時刻にこだわるのでなく、あの日を思い出し、犠牲者をしのぶことが大切だ」と強調している。



参照元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190113-00000534-san-soci


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阪神大震災から24年。高齢化による身体的負担と、風化の懸念。ネットの声

各々、抜かりなく。
当時の被災経験者だが、追悼という意味ではこういうことがあるのはありがたいが、当時の発生時間に拘る必要性はないと思います。
それに風化と危惧されている方々は何を持って風化というのでしょうか、私達の心の中で今でも当時の事は忘れません。
震災後に生まれている方も増えています。
街中も大きく変わってきています。
今年で24年ですし、来年25年目で終わっても構わないと思います。
名無しさん
発生時間に拘るよりも災害があった事や亡くなられた人を追憶する事が大事だと思う。
冬の早朝に参加するのも大変だと思うので、発生時間は自宅などでそれぞれが追憶すれば良いと思う。
名無しさん
「風化につながる」ってよく言いますが、何がどう問題なんでしょうか?
人間はとても辛い事、苦しい事も忘れたり風化する事によって生きていける側面が必ずあると思います。
世間が忘れようが風化しようが貴方の中で風化しなければ良い。
私はそう思います。
名無しさん
時間変えればいいやん。僕も被災者ですが、その時間にこだわるなら個人的に。
追悼式は時間を変えればいいだけ。苦しんでまでその時間にやらなくても良い。
名無しさん
難しい問題ですけど、早朝に発生したため自宅で就寝中に亡くなった方が多いと聞きます。現在の家具の耐震、転倒防止策はこれをきっかけに普及したとも聞いたことがあります。
追悼の時間は早朝にやる必要はないかもしれませんが、
早朝に地震が来たことは忘れてはいけないと思います
a_k
当時、全壊全焼し祖母を亡くした経験を持ちます。その後大阪の方に移り住みましたが、発生時間に行くために始発に乗り、駅から現地まで疾走してギリギリ間に合うというのを続けてましたが、20年目で区切りをつけ、1/17やその前後の土日の昼間にゆっくり各地を偲んで歩くようになりました。
忘れてはいけない事だと、きちんと伝えていきたいという気持ちはわかるし是非そうして欲しいです。でも大丈夫。昼でも構いません。正午に汽笛でも鳴らして追悼すればみんな喜びます。


名無しさん
震災を経験した神戸生まれの老人の私見ですが
取りやめてほしいのは、現在では地域住民だけでなく
周辺店舗でさえも、年末の儲け時の稼ぎの邪魔になる
常連さんの来店意欲を拒む
失礼ですが来てもらっても邪魔なだけの存在にしかならない
観光客に振り回されるルミナリエの方でしょう。
今でも風化防止の様に被災者にとっても意義が有る追悼式は
もう既に20年以上も経過したのだから
高齢になった被災者さんが参加し易い様な考慮としても
被災時間への固執はやめて、参加が容易になる様な
柔軟な対応での継続を切に望みます。
しかし、これから数年後被災現状を映像やデータ等で
しっかり保存出来る事で風化が防げ
多くの市民が民意で取りやめを望むならば
発展的解消という選択肢が有っても良いと思います。
震災後に生まれ、これから未来が有る若者に
負担を強いる様になる様な事は
私達や故人になった人達も望んでいないはず。
マシコ・デトックス
風化を心配する声があるようですが、風化どころか、阪神大震災の教訓はその後の地震対策に大きく生かされています。
たとえば我が家は阪神大震災後の新耐震基準によって建てられたので、震災より大きな地震が来ても倒壊しない、それどころか地震が来ても一番安全なのは家の中、という絶対の安心感をもって暮らせています。それも阪神大震災による大きな犠牲が礎にあるからだと思っています。
先の東日本大震災でも阪神大震災の教訓が生かされていなければもっと多くの犠牲者を出していたことでしょう。
追悼の形にこだわるのではなく、私たちの普段の平和な生活が、先の震災による犠牲と教訓の上に成り立っていることを思い起こすことだけでも十分な弔いになるのではないかと思います。
独眼竜
高年齢化もあり、早朝だけに実施は難しいでしょうね。ただ、この時間帯だったからこそ被害が少なかったという話も当時聞きました。もし、もう少し遅い時間帯であれば、通勤していた人たちがもっと多かったから被害が大きくなっていた…という話です。発生の時間帯にすることに意味があるのかもしれませんが、今後は風化防止に力を入れて実施時間を考えていくべきで25年目を1つの区切りとしてもいいと思います。追悼記念式典などをすることには賛成です。ニュースで震災関連の話が出ると、我が家でも子どもたちに話す機会にもなっているので。遠方でなかなか参加はできないのですが、日中であれば週末と重なる年などは参加しやすくなると思いますし。関係者の方々にはご一考いただければと思います。
名無しさん
時間にこだわる必要はない。
わが自治体では、毎年1月17日には大規模図上訓練を実施して、その年度1年間の防災訓練の総仕上げをしている。
毎年重点項目を変えて防災対応の検証と防災力の向上を図っている。
災害の教訓を生かす方法にはさまざまなやり方がある。
形式や精神論にこだわるのではなく、災害の教訓を生かすための工夫を続けていくことが大切だ。
ただ、1月17日という日にはこだわった方がいいと思う。
それは精神論ではなく、あの災害をリアルに感ずることができる日だからだ。
その日が休日だった場合は、日をずらしてもいい。
成人の日が毎年変わるのと同じことだ。
少しずれた日に訓練等をやっても、あの日のことは十分に思い出せるし、その後生まれた人は、あの災害を十分に想起できると思う。
名無しさん
夏場の5:46なら兎も角(逆に暑さが問題か?)、この時期の5:46は流石に厳しいですよね。5:46起床ではなく5:46黙祷でしょうから…。
自分は東日本大震災の被災者ですが、こちらは3月の午後ですから、そう言う意味では追悼に関する面では負担は少ないのですが、逆に職場での黙祷、と言う事で終わるケースが多いと思います。何せ基本的に勤務時間中ですから。
それにしても実行委員長が93歳ですか。それはもう、ゆっくりされても構わないと思います。
責めたり非難したりするつもりは全く無いけど、後30歳くらい若い方々がその思いを継いで、音頭を取っても良いと思うのですが。
恐らく被災された方にとっては特別な日、特別な時刻であると思うので、何らかの形で追悼式を続けて欲しいという思いはあると思うのですが。
何はともあれ、風化させないと言う事、亡くなられた方への哀悼の意を表すこと、重要で立派な事だと思います。
名無しさん
「風化を懸念する声があがる」というなら、風化をさせたくない人達で追悼行事をしたらいい。
やはり生きてる以上は、年齢を重ねていくし体力も衰えていく。
風化をさせないことは大事かも知れないが、自分の体のことも心配しなきゃいけないでしょう。
他の方も書いているように、必ず発生時刻に合わせて何かをするのではなく、その日を「追悼の日」としてみんなで犠牲者を偲んだりすることが、無理をせずに続けられることではないでしょうか。
無理をするから続かなくなって、止めていく人が増えていくんだと思う。
その日になって、「あ~、今日は阪神大震災があった日だ」って心の中で思うことも、充分意味があると思う。
何か行事をすることが全てじゃない。


名無しさん
亡くなった方々を悼む気持ちは、あくまでも個人的なもの。早朝の時間に多くの人が集まって追悼の会を持つのは、一定の期間でいいと思う。個人でしっかりと故人を思い、祈り続けでいけば、それでいいのだと思う。
名無しさん
発生時間にこだわって、さらに犠牲者を出すなら辞めたほうがいい。
それよりも、人波が激しい時間帯に注目度のある場所で、大人数が黙祷することの方がいいと思う。
小中高の生徒会が一箇所に集まるのもいいでしょう。
語り受け継ぐという事が、風化をさせない事だと思います。
名無しさん
発生の時間帯に追悼式をしないことが「風化」ではないと思います。
しかも、それは追悼式の準備をし実際に行い式に毎年参加する方々の意見でもないのではないでしょうか。
その日、その時だけ、その時間に式典をしないからといって「風化」と言っているのは一体どなたなのでしょうか。
私も当時被災し、友人も倒壊した家屋の下敷きになってなくなりました。
取材と称してメディアの記者もたくさん来ましたが、下敷きになっている人々を助けようと奮闘している市民に話を聞こうとしていましたが、実際に救助を手伝うことはありませんでした。
そんな人たちが「風化」などと騒いでいるのか、と思いました。
他人事ではなく、自分たちのことだと思って考えて行動することが風化させないために大切なことと思います。
あのとき取材をやめて、目の前の人々を助けるために体を動かし汗を流したメディアの方がいらっしゃったのならお詫びいたします。
名無しさん
遺族が覚えてれば、風化しても問題は無いみたいなコメント多いけれど、震災を風化させては行けない理由は故人への追悼と同時に戦争等と同じで後世の人が同じ過ちを繰り返さない様にというものもあります。実際に、被害を詳細に記録することが出来なかった昔の災害であっても過去に水害被害が酷かった地域は昔の知名にはある特徴が残っていたりしますし、仮に震災の名前や犠牲者の方々の供養が終わり切ったとしても、都市直下型地震の凄まじさ、大規模インフラの倒壊、自衛隊派遣の有無での政府対応etc、様々な爪痕を残した阪神・淡路大震災を省みないというのは問題があると思います。
確かに、これ以上の存続は難しいのでしょう。だけれども、1年に数回、地震について
防災について考える良い「機会」迄もは風化させるべきではないでしょう。
名無しさん
意味をはき違えていませんか
目的と手段の優先順位が逆になっているというか
目的は追悼ですからそれぞれが思い巡らし、
実際の時間に縛られずに昼前の9時や11時からでも良いと思いますよ
集まりやすい、やりやすい時間に始めれば良いんですよ
なぜ実際の時間にこだわるのかわかりません
本末転倒という意味で考えるなら、
実際の時間に頑張ってやったところで形だけの黙祷をして、
それで終わるなら、それこそ悲しいことでしょう
目的は追悼です
慰霊式や追悼式は方法であって目的ではありません
目的を達成できるように方法を調整すべきで、
方法にこだわりすぎて目的をないがしろにしては何のための方法かわからなくなってしまいます
名無しさん
メイン会場である東遊園地は可能な限り続けてほしいと思う気持ちはあるけど、各自治体の式典は大掛かりにしなくてもいいんじゃないかな。
正午に黙祷を捧げるとか、日中に炊き出しをするとか。
私は今年神戸を離れてしまったけど、毎年東遊園地へは行っていたので17日は5時半ごろには起きて、46分に黙祷を捧げようと思います。
式典やその時間にみんなで集まって黙祷を捧げなくても、あの震災を経験した人たちがそれぞれに亡くなった方への追悼をし、
若い世代に震災の教訓や、経験談を17日に限らず日々伝えていけば風化はしないと思う。
形ではなく一人一人が忘れない事が大事。


名無しさん
ほっといたら記憶が風化するのは仕方ない。
だからこそ記憶のリレーは、大事だと思います。
セレモニーにこだわる必要は、あまり無いと思います。
より重要なのは、未経験世代に大災害の記憶を繋ぎ続ける事。防災アプリに同日の過去の大災害名の自動表示機能を付けて、
詳細をクリックすれば、その時の被害状況や対策の手段等を表示出来る様にするとかがあれば良いと思います。
それと過去の大規模地域(県レベル)災害表示機能があればと思います。昨年7月の西日本各地の大水害も数十年前に同様の地域で発生したケースも多かったのに、遠い過去の記憶になってしまって伝承されていなかったのは事実です。
名無しさん
震災の風化が心配とは阪神大震災をいつまでも忘れてはいけないということではなくて、大災害の被害を教訓にして次の為に備える、訓練をしておくことが大事ではないかな?
今は防災の意識が高まってるから心配はいらないし、これを継続していく運動が大事だよね
犠牲者を追悼する気持ちはもちろんあるけど、今の人達の負担になってるならそこは配慮してあげないとかわいそうだよ
名無しさん
忘れてはならないのももちろん大事ですが、
この行事を違った意味で前向きにすることも大事ではないかなと思う。
名無しさん
今、身の回りに当たり前にあるものはみんな過去の人たちの努力と犠牲の上にある。どこの誰のおかげでその恩恵を受けているのか分からないことが多いけど、それを当然と思わず感謝することを忘れないようにしたいとは思う。阪神大震災の頃はまだ地震に対する意識が低かったし、なんだかんだ言いながら「自分が生きてる間にはないだろう」「自分の地域では大地震はないだろう」という感覚だったけど、この地震でみんなの意識が変わったと思うよ。地震発生から100年も経てば犠牲者を個人的に知ってる人もみんないなくなる。でもその犠牲のおかげでその後の地震で生き延びられた人もいるんだから、犠牲者の死は無駄ではなかったし、追悼する人がいなくなっても犠牲の上に未来は築かれていくのだから風化なんかじゃないと思うけどな。
名無しさん
ある程度の風化は仕方のないことだと思う。
人はつらい経験を忘れずに、それでいて前に進んでいかないとならないから。
人間の特徴でもある「忘れる」と言う思考は時として未来に進むべき課程では大事な思考だから。それでも後世の人達に震災の教訓は伝えないとならない。それは時がだいぶ過ぎた時には何も真冬の夜中に行う事が最善ではないはず。
鎮魂は各々がすれば良いと思うし語り部が今後も言い伝えていけば良いのではないか。
名無しさん
時間に拘る必要は全くないと思います。
その思いが、如何に継承されていくか、という事が大事だと思うし、今後地球上では自然災害増えてくると思うので、全てを考えていると、一年中追悼していなければならなくなる時代も来るかもしれない。
上手く計らっていければいいですよね。でも、そのタイムリーな想いは大事だと考えますけれどね。


名無しさん
震災後一時的に住んでた公営住宅近くの公園に震災で息子さん夫婦を亡くされた親御さんが植樹した桜の木があるのですが、
親御さんが高齢になって定期的なお参りに来られなくなった…という話を人づてに聞きました。
追悼の気持ちは決して変わらないし、何より高齢の親類縁者が無理して体調を崩したり怪我をするのは
他ならぬ故人が一番悲しむ事なんじゃないでしょうか。
無理のない範囲での追悼行事への切り替えや一区切り、元被災者の一人としてもまったく問題ないんじゃないかと思います。
名無しさん
阪神大震災の追悼行事を取りやめる動きが、兵庫県内で相次いでいる。背景には被災者の高齢化が進んだことに加え、夜明け前の行事に出席する身体的負担も。行事の減少傾向は近年続いており・・・
地震発生の時刻に拘らずとも、追悼は行うべきだと思います。
大々的にやる必要はないと思いますが、取りやめるのはどうかと。
実際、遺族の方の意見はどうなんでしょうか?
思い出すことが苦痛になるのでしたら、やめるべきなのかも知れない。
当事者の意見を尊重すれば良いかなと思う。
名無しさん
昨年は日本中に災害がありましたが、この阪神淡路大震災は私自身遭遇しました。
神戸の地元民ではありませんが、たまたま仕事で、通行していた阪神高速でちょうど摩耶インター付近を通行中に震災に遭遇しました。あれは、忘れられません。地震が発生して15分〜20分くらいの間の空気感というか、経験の無い静けさ。
あれはあの場に居ないとわからないと思います。
後世に伝える事は大事だと思うが、正直、伝わらないと思います。戦争と同じでしょう、ピンと来ないが現実な気がします。地元民で無い人間が言うのは失礼かもしれないが、時間等にこだわらず、語り伝え繋いでいく。でいいように思う。
名無しさん
何の為の追悼行事なのかを忘れなければ、必ずしも時刻にこだわる必要性はないと思う。
あの日、多くの方の人生を奪った地震。
そこから学ぶ教訓。亡くなった方への想い。様々にあると思う。
風化とは何をもって風化なのか難しいとこではあるが、子や孫に、震災後に生まれてきた子供達に語り継がれ来るであろう次の震災の備えとなれる様に、この日だけでなく常日頃から防災意識を持てる様になれば、良いと思う。
名無しさん
数日早く、関西入りしていれば…正に被災者となっていました。
この阪神淡路大震災があったからこそ、耐震構造・強化の見直しや、災害の恐ろしさを知った人が沢山居るのでは無いでしょうか?
確かに、明け方の地震で色々な事が後手後手になり被害も広がった部分はあると思います。
ただ、大切なのは…この時間にこだわる事では無く『忘れない様にする事』なのでは?
阪神淡路大震災からまだ24年。忘れるのも風化させるのも早すぎると思います…。
たった24年で失われた命の供養や悲しみ傷付いた人を救えるとは思えないのです。
このような『慰霊』は無理なく続け、語り継がれてこそ、やっと意味が見いだせるのでは無いでしょうか?
最近、大切な事も、そうではない事も何でもスピードが1番の世の中の風潮。
もう少し、命や本当の意味での平和(ゆとり)と意味を考えませんか?
名無しさん
紋切り型の書き方。
「風化を懸念する関係者」とあるが記事中には、追悼の時間を変える団体の代表が「この傾向が震災の風化につながらないようにしたい」という切実な思いが述べられているだけ。
どんな災害や事件、戦争ですら記憶は薄れ風化は避けられない。
しかも高齢者の方々が主催する団体やイベントを、そのまま継続させることの困難さは文中からも伝わってくる。
それでもそうした出来事を被災の若い方々や次世代、専門家や関心の高い方がつながって忘れないようにしよう、記憶を伝えようとしていることが書かれていないことが残念だ。
この記者が生きているうちは、彼らのような団体がなくなったり、高齢の被災者が亡くなっていくことで、「風化」してしまうことはない、と言いたい。


aic・・・・・・・
地震が起きたその時間に黙祷を捧げたい人だけが続ければ良いとこだと思う。
形として続けたい。でも体力的に難しくなっていても、本心を言えない人がいることも知るいい機会ではないかな?
場所・時間が違ってもあの日に想いを届けたい気持ちで十分では?
想いをはせることが大事だと思います。
名無しさん
拘っている人達は拘りを持って取り組めばいいでしょう。
多くの人にとって大切なのは同じような震災が発生した時にどのように対処すれば被害を少なく抑える事が出来るかです。
いつまでも悲しみを引きずる事ではないと思っています。
時間は進みますから当時の被害者を知る人が少なくなって行くのは自然の流れです。
そもそも論点がずれていると感じています。
名無しさん
個人的には風化というのは悲しむ人は少なくなってきたという意味で
大変結構な事だと考えている 重要なのは教訓の継承であると言える
そういう意味では行事を簡易化しかつ容易化することで
参加者を増やして大震災を知る人を増やした方がいいのではないか
ぼちぼち阪神大震災も歴史の列に加えていく時が来たのでは
名無しさん
個々に場所にこだわらずにその時間に祈っても良いと思います。そして皆が集まり易い時間で追悼式をすれば良いと思います。
一度は参加したかったのですが・・・時間帯が不便で諦めています。
その代わりにルミナリエに最初の頃は行っていましたが、お祭り?クリスマスイルミネーション?に変化している気がするので行かなくなりました。
今出来るのは身近に居る人に話しをする事です。これはいつでもどこでも出来る事だと思います。
地域にかかわらず、地震の被害のニュースを見聞きすると改めて地震について家族でどう行動して何処に避難するのか・・・話し合い確認しています。
名無しさん
無理してまで続けなくていいと思う。
生き残った方の健康が第一だし、追悼の行事を続けたいなら時間帯をズラしたり、催し物の形を変えたり色々工夫出来る。
時間帯にこだわるのではなく、追悼行事が長く続けられるように、時代に合わせて変化していくのも必要かもしれないですね。
亡くなった方も、追悼してくれる気持ちがちゃんとあれば十分なんじゃないかな。
名無しさん
今回の北海道での震災に遭い、こぉいった事が自分にも関わる物になって考えさせられる。
ただ、こちらは阪神淡路や東日本と比較して犠牲者が限りなく少ない事、復旧が思いの外早かった事等から忘れ去られる方が懸念されます。
特に深夜って事でも追悼式まではやらないでしょう。
でも、風化させたらダメなんだよね…
震災当時に産まれた子供だって成人になってるんだから受け継いでいこうよ…
時間に拘らなくたっていいんだから、続けなきゃダメだよ…
思い出したくない気持ちも少しは分かるけど、無かった事には出来ないし先の人間にもしっかり伝えてかなきゃならない事だと思うから。


名無しさん
被災して家屋は全壊でした。発生が15分遅かったら起床後に一階に降りてる自分は現在この世にいなかったかもしれない。
現在は他県で生活していますが毎年1月17日には当時の状況に想いを馳せ発生時刻には黙祷しています。追悼行事の場所には行けませんが自宅で
続けています。そういうのでは駄目なんでしょうか。負担に感じるようになるなら個人個人で
冥福をお祈りすればいいと思います
名無しさん
朝6時に行わなくてもその日で良いと思う。亡くなった方を追悼するのだから。地震が起きたのは朝だけど亡くなった人の時間はバラバラだと思うし。風化してはいない。この目に今も焼きついている。当時神戸ではないが近辺に住んでいた。交通網は寸断され、余震の日々で怖かった事はっきり記憶している。神戸は最高に綺麗でお洒落な街だったけど、それが一転して無残な姿になって悲しかったな。今は綺麗になったけど。
名無しさん
風化させないことだけが目的なら取り止めてください。違和感がある。事件や戦争の記憶を風化させないで人々の倫理感を養うというのは分かるが、震災はそのようにしても防ぎようがない。ただ教訓は今も生かされているし、これからも大事にしなくてはならない。亡くなった方々に対しては今生きている人が個人的に慰めていけばいいと思う。
名無しさん
自分も震災当時、学生時代に淡路島で震源地近くに住んでいました。結構な被害を被ってます。
その上で、こういう行事を否定するつもりはありませんが苦しい思いをしてまで実施するのは如何なものかと思います。
その時間じゃないといけないのなら、例えば法事は3回忌でも10回忌でも命日のその時間にやってるのかって話です。
大事なのはその記憶と記録、思いをはせる事だと思います。極端な言い方ですが命をかけてまでやらなければいけない事ではない。それこそ故人の方々はそんな事を望んでいないでしょう。
名無しさん
続けたい気持ちはわからなくもないが、早朝からのイベントはつらいものがあるのも事実だし、仕方がないかなあと思う。問題は、追悼をするかしないかよりも、命を奪った人災を今後起こさないように努力をしていく必要があると思う。
名無しさん
「風化に繋がる」と危惧した所で100年200年経てば必ず風化します。歴史がそれを証明しています。毎年追悼式をしても経験者が居なくなれば形式だけが残り「一体これは何のための式だったのかな?」ということになります。そういうお祭りや儀式は山ほどあります。
自分達が時の移り変わりに置き去りにされてしまうのが怖い、という気持ちの表れであることは理解できます。
やるべき事は形式だけ残る行事ではなく、次の災害に備えたインフラの整備や毎年の避難訓練、災害時の様子を映像と共に語り継ぐことです。


野良犬・黒田修次
追悼の儀式の時間が変わっても「風化」はしない。なぜなら地震を語り継ぎ、防災意識を高める教育が阪神地域ではかなりしっかりしているからだ。
つい最近まで阪神間に住んでたが、ワシの子たちは保育所時代から震災について勉強し、そして防災のこともしっかりと聞いて帰っている。
少なくとも関西在住で、阪神淡路までは関西には地震がないと信じ、防災訓練のときにふざけていたワシの世代より、震災以降の子どもたちのほうがよく学んでいる。
名無しさん
夜明け前の追悼を続ける事が風化を止めるなんて誰も思わないと思います。あの様な大災害、極論で言えば、追悼行事をやらなくても風化なんて絶対にしないですよ。そして追悼行事を夜明け前にする必要も無いと思います。参加される方の健康を先ず考えた場所を選択して日中にするべきだと思います。それが追悼行事を長く続ける事が出来る事に繋がると思います。
名無しさん
追悼とかって、残された側の気持ちであって、
強制されるものではないよね。
忘れてはいけない記憶だけど、
戦争もそう、語り継がれてそこに思いを馳せることが大切だと思う。
ごく限られた人だけになってしまうのかもしれないけど、本当にその時間に拝みたい人がすればいいと思う。
名無しさん
熊本で被災しましたが、その時、阪神の教訓は色々なところでいきていることを実感しました。
あの震災のあと、検証が各分野でなされなければ熊本での被害はもっと甚大で大変なものになっていたと思います。
風化されているわけではなくきちんといかされています。
被災したのと同時刻にやることだけが全てではないし、同時刻にやり続けたからといって風化しないわけではないとおもう。
大事なのは質では。
風化するのは仕方が無いと思います。
震災を体験した人は年々減っていきますから。
神戸在住という漫画にも描かれてましたが震災後10年くらいは
あの出来事って震災前だった?あとだった?と言う会話がよくありましたが
今ではあまり言われなくなったようです。
震災を知らない人がもう成人しているんですから。
どんなに説明しても疑似体験しても共有することは難しいですから。
ならばせめて何か別な形で残せるようにした方が良いと思います。
名無しさん
残念ながら風化している…
被災者の高齢化や、被災した街が復興したからではなく、国の激甚災害に対する保証のあまさ、国民一人一人の災害に対する危機管理が、その場しのぎだからだと思う️
国は災害が起きれば、被災者数や被災状況に応じて保証内容を決める、それはある意味仕方がない事だと思う…
自衛隊の派遣、仮設住宅の設置を行い、ある程度復興したら終了…表向きはそれで終わったかに見える。
しかし、今も元の生活に戻れず大変な方、心的ストレスに悩んでる方が居る️
震災から24年ですがまだ終わってない…
だからこそ、未来永劫に伝えなければならないのでは。
国が主となり、地方自治体、そして国民一人一人が、追悼式典は正午に行い国民全員で黙祷する、震災がおきた日の事、今も苦しんで居る人の事を思うだけでも良い。
そうすれば、東日本大震災で原発被災者に対する心無い発言も無くなる筈️
今こそ民度が試される…


名無しさん
もうそこまで無理してしなくても言いと思う。
亡くなられた犠牲者の方ももう充分と思ってるんじゃない?
でもこの出来事は絶対に忘れるべき事ではない。
被災した人からすれば昨日の事のように思い出す出来事だと思う。
今は動画で残る時代だから風化はしないと思う。
でも人は忘れやすいから、その日は動画を視聴し教訓として見ることをお勧めする。
名無しさん
阪神淡路大震災が風化するのは別に構わないと思う、人々の心に「防災」が根付いたのならば。
それに、継続が必要だと考えるならば、その時間に拘ることなく、やればいいだけのこと。
もうすでに、「お祭り化」してる感もある。
ここらで一度リセットして、「本当に必要なこと」をやればいい。
名無しさん
赤の他人が悲しみをいつまでも引きずるなとか批判するのは辛辣だ。自分の親しい人が突然亡くなった悲しみは他人にはわからず、悲しいと思う分だけ悲しめばいいと思う。
だた、記事中にあるように高齢化が進み未明の式典はつらいから、当人たちが決めたのなら仕方がない。
しかし、過去の記憶は同じようなシチュエーションのなかで思い起こされるということがあるので、同じ時間で行っていたことも意味はあったのだろうと思う。
一つの場所に集って共感するのも良いが、形を変えて発信していけばいいと思う。
自分もあの震災を体験したけど、追悼の場には一度も行ってない。
でも、普段能天気な投稿ばかりしてるSNSには、毎年何か一言を添えて震災を思い出す投稿をするようにしてる。
SO
一月の6時前なんて真っ暗で寒くて危ないと思う。事件的な意味でも事故的な意味でも。
追悼式に出るために事件事故に巻き込まれ、亡くなったり怪我や病気になるのでは話にならない。
各家庭各個人でその時を迎え、追悼式は改めてでいいのではないかと感じます。
名無しさん
あの震災によって、耐震に対しては非常に厳密になったという時点で、かなりの教訓となった。流石に風化されるものでは無いだろう・・・と思いたいが、時の政権化によって物事は大きく勝手に書き換えられるというのを、現政権が実証しちゃってるからな。出来れば、続けて欲しいと思う。


名無しさん
身体に無理をしてまで時間にこだわる必要は無いと思う。続けていく為にも無理をせずにやれる事をやれば良い。亡くなった人を弔う気持ちと、災害の教訓を忘れずにに防災意識を持つ事が大切なんじゃ無いかなと思う。
名無しさん
私は震災の風化は仕方ないと思ってます。子供たちの震災授業も、ビデオみて終わり、お母さんたちだって震災を忘れた世代が多くなってく。教える先生も知らない世代です。経験した人にしか解らないことも多い。ただ、災害においては、パニックにならずに、行動することは教えていかなければなりません。それぞれの、心のなかにあればと思います。震災後の心の拠りどころがなくなるのは寂しいでしょうが、役目が一区切りつくのなら、それも仕方ないことと思います
名無しさん
仏教の世界では、23回忌で基本的には全て故人とは縁が切れると言います。
出来ないことは思い切って止めたら良いのでは。
確かに色々な意見が有るとは思いますが、永久的に続けることはできません。
追悼はあくまでも当事者がやるものです、外部の人間がとやかく言うことは出来ません。
この際思い切って時間を変えてはどうですか?
遺族の方の健康を損なっては、本末転倒では無いですか。
AIR
いきなり取りやめるのではなく、時間を変える等の発想は無いのだろうか?
何が何でも発生時間にやらなければならないわけではないと思う。
何の為にやるのかをよく考えてもらいたいな。
目的と手段を履き違えている状況になっていると思う。
時間ではなく、日で区切るという発想の転換が必要。
名無しさん
追悼の心は人それぞれの心にあります。あの時起こったことを決して忘れない戒めのためにあの時あの時間と同じ刻に家族や知り合いを悼むために向き合っているので、刻とともに確かに縮小はしてしまうかもしれませんが、この日この刻に続ける意味はあると思うんですけど。参加が難しくなる方々がいるのは年月を経れば仕方のない事ですが悼む気持ちがあれば何時縁の場所を訪れてもいいと思います。忘れないことが大切なのでは?
盛大な追悼。忘れてはいけないのはわかるしそれなりの意味はあると思うがただ大きければいいという事では無いと思う。それが負担に思う人がいるのも事実。これからは個人でひそやかに亡くなった人を偲ぶ事もいいのではないのでしょうか。


名無しさん
時刻にこだわる必要はないと思う。平成で日本で戦争が無かったのは
良かったけど、西日本、東日本をはじめ、全国各地で地震災害が多発
したのは痛ましい。災害は忘れたころにやってくるという格言を忘れないようにしたいし、そういった取り組みがなされることが、弔いになる
のではと思います。
名無しさん
発生時間に拘るのは無理があったんだと思う。続ける事に意味があったのなら時間は日中にすべきだったと思う。ご遺族の気持ちは分かりますが個別に続ける方がいる事を願います。
名無しさん
発生時間にまで拘る必要があるのは原爆の日だけで良いと思います。人災でしかも国の存立基盤に関わることなので。阪神大震災を含めた自然災害は時刻に固執することはない。必要なのは国民全てが記憶としてあの日を忘れないこと。従って式典の開催時刻を遅らせてでもなるべくこの先も継続していくことが大切なのではないでしょうか。
???
昨年の大阪北部地震で、一部に悲しい事例はあったが、
全体として大きな被害が出なかったのは、
阪神大震災が教訓になっているからだと思った。
家具の固定や非常食の準備といった意識は、被災地域に根付いている。
それは追悼行事のおかげもあるだろう。
もちろん、これだけ年月が経ち縮小は仕方ないと思います。
今まで続けていただいたことに感謝です。
名無しさん
形に拘り過ぎているのでは。
ルミナリエにしても1/17にしてもイベント化しているように思う。災害の備えについては神戸でも随分風化している。
25年以上も経過したら当然なんでしょう。人間が忘れないとフラッシュバックが終わらないのもあるが。辛いとか悲しいとか被害の多さだけに着目されて、被災者は今。と言うような扱いはやめたほうがいい。ワイドショーでしかない。地震のメカニズムとか準備を学ぶなら意味あるが、インチキの預言者や占い師を絡めるようなイベントはやめたほうがいい。宗教も同じ。
※※※※J
風化させないためには、追悼行事を主にするだけではなく、具体的に何がどうなったかを当事者が発言する機会をもっと増やした方がいいと思う。
家具は、ペットは、子供は、避難所では、行政は、、、
どんな問題があって、どうやってしのいだか、日々どう備えるべきか、とか。
悲しいイメージ映像ばかりではなく、今後につながるよう具体的な情報がもっも欲しい。


名無しさん
時間帯を考えたら負担になるのも理解できるし、逆にどれだけ理屈付けしたところでその時間にこだわりたくなるのも共感できる。
それを一方的に「残すべきだ」というのも「やめるべきだ」というのも、どちらも相手のことを思いやれない勝手な言い分に聞こえてしまう。
ただ、追悼行事が義務になってはいけないのでは?とも思う。
k_e_koi
風化しても良いのではないかな
教訓として忘れてはならないと思うけど
続けていきたいなら発生時刻に拘らず、誰もが参加しやすい時間帯にした方が良いと思いますし
名無しさん
ある意味、時の流れとともに風化していく、ということも必要ではないでしょうか。法事だって少しずつ間隔が空いて終いがあるように。そうでないとこの先災害が起きるたびに風化させては行けない行事が増えていっても際限がない。教訓は風化させてはいけないけど、追悼行事、という形は変わっていって最後のところは個々人の心の中の問題で良いのでは?
名無しさん
追悼する時間にこだわる方は早朝に追悼されれば良いでしょう。早朝に起きることが可能でも、時間的に移動が大変であれば、自分で出来る時間での追悼が、追悼される方々も喜ばれるのではないでしょうか。
誰も追悼する気持ちがなくなった時が風化する時だと思います。
名無しさん
時間に拘る必要はないと思います。
だって、亡くなってしまった方が戻ってくる事は無いし、今、生きている人の命を守る事の方が大切ではありませんか。
残されている人達、未来ある人達が、歴史を教訓により良い未来を作って行く事で亡くなってしまった方々への供養に繋がると思います。
震災関連で親族を亡くした者としての気持ちです。
名無しさん
一体何をもって「風化」と言うのでしょうか?
確かに大惨事の震災被害は後世に伝える大事な歴史と言えます。
しかし震災同時刻に行う意味は?大々的な追悼式を未だに行う意味は?
人間過去を忘れたり否定したりする事は非常に愚かな事です。
しかし人間は過去に生きるのではなく、現在と未来に生きるものです。
追悼式も継続させる為に、やり方を変える必要があるのでは?


名無しさん
風化とは、単に廃れる事を意味しますが、被災者の方々の心には今もなお鮮明に残っていることは承知です。けれども問題は未経験者の方々にはどのような震災だったのか未知の世界なので、そういった方々にも震災の大変さをせめて分かって欲しいという願いも込めて、このような追悼する意義があるので、取り止める事は、その様な後者の方々の心に代々残らず、挙げ句の果てに、震災の「し」まで分からず平和呆けしてしまう懸念があるから、風化は避けたい方々がいるのです。
mnjhbgvl
追悼は毎年やってほしいけど、時間はべつにいいのではないでしょうか。個人がそれぞれ思い出して追悼すればいいと思います。亡くなった方を忘れないのが一番の供養だと思っているので、どんな形になっても追悼だけは続けてほしい。
ABCDWW
阪神大震災は建物などの被害が大きく都市部で鉄道、水、電気、ガスなどのライフラインの長期停止、火災など大きな被害で死亡者も多かった未曾有の震災。
しかし来年が25年ならそのあたりを機に震災発生時刻のセレモニーを終了してもいいかと思う。確かに冬の朝の寒い中の緊張感でより震災への想いは伝わるけれど大変になってくるのもわかる。それによって震災の衝撃が風化するということは無い。
名無しさん
震災の記憶が「風化」していちばん問題になるのは、今なお救済や支援が必要な被災者の方々が忘れられてしまうことでしょう。1年に1回だけ、夜明け前にみんなが集まって追悼の祈りをすることにエネルギーを費やすことが、そういう支援につながるかどうかで考えてみたらいいと思います。
名無しさん
その時刻に追悼することで
こんなに暗かったんだ、まだ寝てる時間だって
後世の人たちが実感しやすい面とか災害への対策を具体的に考えやすい面があるとは思う。
でも続けられるやり方じゃないと残らないから、
無理のないやり方で本質を伝えてほしいな。
名無しさん
一般的にも命日というのは亡くなった日を指す。
厳密には亡くなった時間も大切だけど、その時間にもよるのではないのか。
それよりも、地震が発生した時間は同じでも亡くなられた時間はそれぞれ違うのだから、発生時間にこだわるのはおかしい面もあるのではないのか。


名無しさん
去年だってでかい地震が起きている。
地震の恐怖はみんなわかってると思う。
25年がいい区切りだから、来年まででもいいと思う。個人個人でも追悼のお祈りはできるし。無理がないところで各々続けていけぱいいと思う。
名無しさん
時間厳守で行事を行うことに意味があるのかも知れないけど、こんな事が神戸や淡路の地域にあったんだと記憶して、災害時にはこうした方がいいとかを続けていくことに意味があると思う。
亡くなられた多くの人の分、生きてる人達が未来に繋げて生きていく事が供養にもなるんじゃないかなっと思います。
名無しさん
継続しやすい形でやっていく事が一番だろう。無理に時刻に拘った結果参加者も減り無理がたたって結局中止、なんて事になる方がよほど「風化」に繋がると思うけど。
名無しさん
地震発生が夜明け前の5時46分に発生したので、神戸市など多くの被災地だったところの犠牲者追悼式典などが夜明け前から行われていたのですが、被災者だった参加者の多くが高齢化などで「限界」が理由で取りやめが相次いでいる事に、阪神・淡路大震災の記憶の「風化」や忘れ去られている事への危機感がありますが、夜明け前ではなく日が高い昼間犠牲者追悼式典や各人の家庭などで犠牲者追悼すればいいと思います。
夜明け前という事で体力的にも、参加しにくくなった人も多くいそうですね。
名無しさん
風化というのは大半が起きた事実を忘れる事だと思います。可能な方は発生時間に不可能な方は無理なく発生時間に近い時に追悼でもいいと思います。自身の身体に負担なくでも思いがあればいいと思います
名無しさん
これまでは被災者が中心になって行われていたと拝察いたします。しかし、これからは次世代に伝えていくことを重視して、若い世代の方々に参加しやすく変えてもよいのではないでしょうか。体験が語り継がれれば、風化しないと思います。


名無しさん
「風化」という概念が、わかったようでわからない。追悼行事の存在に関わらず、当時を知っている関西人の中には、後で起きたどんな震災よりも阪神大震災の悲惨さをまずもって噛みしめる人も多いはずだし、若い人、他地域の人にとっても、これで防災を意識する機会がなくなるわけではない。
とはいえ、追悼行事に携わってきた人の並々ならぬ思い、この日を大切な節目の日にしてきた人の思いは軽んじてはいけないと思う。
名無しさん
発生時間に追悼行事をしないことが風化に繋がるに直結する意味が分からん。
追悼行事の在り方を変えていけばいいだけじゃねぇか。
震災時まだ幼稚園児だった自分でも揺れている最中の記憶ははっきりあるし
あの地震を体験して心に傷を負った方はかなり多い。
そんなすぐに風化するようなもんじゃない。長田は焼け野原になったんだぞ?
風化する風化するって騒いでる奴らが一番あの地震を忘れてると思う。
名無しさん
隣県に住んでいますが
被災したあとの数年は県外でも影響が出て
気持ち的にも辛いこともありました。
そして度重なる震災や豪雨が来ると
あの時の気持ちを思い出してこころが痛みます。
あの時あの場所に拘らなくとも風化は防げると思います。
夜景を見下ろすのではなく人工島から六甲を見上げるのは駄目なんでしょうか。
名無しさん
私自身も当時高校生で友人も失った被災者ですが、風化させないためにはむしろ時間にこだわらないで欲しい。
人が亡くなって命日はあるけど時間にこだわる人は少ない。
震災は大勢亡くなり追悼も必要だと思うが、追悼の意を持ち続けることが一番大事かと
名無しさん
昔、近くの高校の同級生が船舶実習中、他国の潜水艦に衝突され
船ごと沈んでしばらく行方不明になり、秋になって船を浅瀬に移動し捜索し先生や同級生の遺体が発見される、という事故が起きた。
同じ野球部の友達の幼馴染だったり、親友だったりが亡くなって
田舎町には暗い影を落とす出来事となった。今でも唯一、中学時代
学業優秀だったがイジメで不登校になり、出席日数の関係で進学校に行けずその水産高に行った彼は見つかっていない。
そんな事件もだんだん悲しみが風化し、当事者以外からは
忘れ去られようとしている。それはいつまでも悲しみに囚われず前を向こうということでもある。あの時幼馴染二人、生死を分けて生き残った横山はショックが大きかったが今、船に乗っているという。なくなった幼馴染、野本の分まで。
名無しさん
原爆でも東日本震災でも発生時刻に黙とうというのは基本になっているし、感情をこめやすい。時間にこだわらない儀式も必要かもしれないが、風化を防ぐためにも規模が小さくてもいいから役所が引き継げばいい。
本来の目的からすでに逸脱し商業ビジネスと化したルミナリエで、行政も恩恵を受けているのだから、これくらいは気持ちを込めて未来永劫続けていけばよい。


名無しさん
追悼式には、2つの意味が込められていると思う。
今後の教訓として、震災の恐ろしさを忘れないため。
犠牲になった方々への、心の悼魂。
後者の場合、どんなに辛くとも、その時間に行いたい、という意志を持つ人もいるはず。決して、意味がないわけではない。
むろん、その人たちも、「時間を合せることだけが大事なのではない、寒い朝に追悼する生き残った自分たちが健康であることを、犠牲に会われた方々も望んでいるはず」とわかっているだろうから、私も取りやめ自体には賛成する。
でも、その時間に行い続けることが、生き残った人たち、亡くなられた方たち、双方にとって「意味がない」わけではないことは、分かっておきたいと思う。
一神戸市民
名無しさん
被災した私は毎年その日が来ると当時を思い出しますが、追悼は5:46でなくても良いと思います。
地震発生後数日経って亡くなった方もいらっしゃいます。大事なのは発生時刻でなく、犠牲になった方を追悼する気持ちと、地震の教訓を風化させまいとする行動そのものだと思います。
名無しさん
追悼が「限界」と言われてまで、亡くなった方々も来てもらいたくないと思うので、ほんとみなさんがおっしゃる通り、自宅で思いを馳せて黙祷すればいいと思います。
でもこれがもし自分の家族が犠牲者となればきっとその場所に行きたいと思う。
なので大きな式典にしなくても個々で行くのがよいのでは…
名無しさん
申し訳ないが一言。
北海道出身だけど、数年に一度、大きな地震災害があって犠牲者もいるが、追悼式なんて聞いたことがない。
たくさんの方々が犠牲になられたのは分かりますが、もし教訓として行っているなら時間にこだわらずにしてもらいたい。
大都市のどこかで夜中の1、2時にあったらやっぱり追悼式なんて行うだろうか?
しかも寒いこの時期ならば…
と考えてしまいます。
名無しさん
大阪市内でのこと。
明け方の暗い中、ドーンと突き上げる縦揺れとそのあと続く横揺れに、なすすべもなかったことを思い出す。
最初は近所のガスタンクが爆発したと思った。
外に出るとガスの臭いと、強い余震の揺れで再び家に閉じこもるしかなかった。
向かいの地主の古い木造の蔵が倒れて部屋の前の道を塞いでいた。もう少し蔵がでかければ、部屋の半分は被害にあっただろう。
しばらく経って大学の片付けに六甲に行った。帰り道の山手通りの沿道の光景は忘れられない。あちこちを怪獣か巨人が面白半分に捻り潰したような被害がみられ、大阪市内よりもうんと深刻な京阪神地帯の被害の実態を見た。
帰り道に通らざるを得なかった潰れた木造集合住宅の傍にいた住人の方々の視線の厳しさ。別に覗きにきたわけでないのだが、彼らには余所者はそう見えたのだろう。
追悼は地震発生時刻でなくても。それに簡単に風化出来るとは思えない、あの日を。
名無しさん
神戸の震災で家族と家、友人や恋人を亡くしたものです。当時は未成年の学生で神戸から出ざるをえませんでした。10年たって初めて神戸に帰ることができました。当日有休を取り、勇気を出すためにブラックスーツを着て、東遊園地で家族の名前のプレートを見ていると、神戸市主催の追悼式典があると知りました。せめて同じ気持ちを持った人の中にいたいと思い、会場へ向かいました。
入り口でハガキを持っているか聞かれたので、「神戸を出てしまったので…」と言いました。その時点ではシステムも分からず、後ろの方に入れてもらえるのかな…くらいの気持ちでした。すると市役所の職員の男性が「住民票のない人まで探してられませんので!」と追い払われたのです。
私は聞かれたことに答えただけで、文句を言ったわけではありません。そんな人が追悼式典を主催しているなんてと泣きながら駅に向かったのを覚えています。
追悼は形でなく心です。


名無しさん
集会や人力で鐘をつくのではなくて、役所で耳にうるさくない程度のサイレンをセットして集会に行けない人は各自家で黙祷、集会も人が集まりやすい大きなものを残し、遺族の子どもや孫等次の世代にバトンタッチすればいいのではないのでしょうか?
限界と言うよりは長く続けるための方法を検討する時期が来てるのだと思います。
TEXMEX
日航機もそうだけど、それほど囚われずに哀悼の気持ち自体を大切にするように変えていかないと。これからも悲しい出来事はいつか起きるんだろうから、遺された者が重荷とならないような新しい慣習に変えていく良い機会だと思います。
名無しさん
こんな朝早い時間に地震が来たこと、朝ご飯やお昼のお弁当を作るために火を使う時間だったことから火も広がってしまったこと
発生した日にちはもちろん、時間も、恐ろしさも忘れてはいけないけど、その時間にこだわる必要はないと思います。
東日本大震災や、熊本、北海道でもありましたし、中越地震などもありました。
大事なのは、地震を忘れないこと、地震から得たものを忘れないことだと思います。
名無しさん
阪神大震災は、東日本と違って早朝に起きた地震
去年、台風や地震の影響を同じ地域でなってしまい阪神大震災を忘れてしまう傾向にある
だからこそ風化してはいけないし、若い人は知らないわけだからその時の様子を伝えることができれば無理に式典をするよりも講演などで伝える方が大切だと思う
名無しさん
当時被災し、避難所暮らしも経験した立場から言わせてもらうと、あれだけ大規模な関東大震災だって、いつまでも震災直後と同じ規模で追悼集会をしているわけではない。もちろん、すでに100年近くの月日が経ってはいるが。でも、100年後の我々だって、その悲劇は知っている。追悼集会の形式が変わろうと、よしんば集会そのものが無くなろうと、死者を弔う気持ちは、弔う思いを持つ者の命が尽きるまで無くなるものではないだろう。耐震基準や、様々な法、人々の防災意識、ボランティアの在り方、いろんなことが阪神淡路大震災で変わったと言われる。それで十分なのでは。
名無しさん
あれだけの大災害は人の記憶や歴史に刻まれているので風化はしない。
発生時刻に拘る必要もないと思うが。
早朝に人を集めなくても
その日に何らかの形で震災を思い出すことが各自で出来るだろうし
それで良いのでは?


名無しさん
世の中は常に変化しています。痛ましい事件や事故などは時間と共に薄れていきます。しかし何か似たような事が起きるたびに人は過去の痛ましい記憶を呼び戻します。それでいいではないでしょうか。
名無しさん
いずれこういう時が来る。1000年後も発生時間に合わせて追悼を継続するのは不可能だろう。でも阪神大震災以降、地震への意識や自衛隊の存在意義が大きく変化した。これは、阪神大震災を風化させていない何よりの証でしょう。
発生後何年も経っていないのであれば発生時刻を忘れない目的で早朝の慰霊祭の意義もあるが、発生から24年経っていることもあるし、遺族の高齢化を鑑みて開始時刻を含めた開催方式を見直す時期に来ているのは確かだ。震災の記憶を次世代に伝え、式典を続けて行くためにも。
名無しさん
時間がたてば風化もする。仕方ないことです。
追悼行事の開催時間を発生時間にこだわりすぎるのは現実的には難しいでしょう。
無理にこだわると風化を早めることに繋がりかねません。
気持ちのある人は毎年、この時期には心の中で追悼していると思います。
名無しさん
時間にこだわるのではなく、起こったことを伝えていく必要がある。阪神大震災の体験者であるが、今関東に住んでいると知らない人の多さに驚いた。是非どんな形でもいいので後世に伝えていくべきだと思う。
名無しさん
発生時刻に火を灯すだけが追悼ではないと思うし、風化と言うけど24年も時が過ぎれば少しずつ忘れていくこともあるはず。
負担になるのは、追悼する側が拘りすぎているからだと思います。
私は、被災者ではありませんが、神戸の街のあちこちに炎や煙が上がるニュース映像や屋根だけになった生田神社の映像など鮮明に覚えているし、この時季になると震災のことを思い出します。


名無しさん
震災の発生時間については確かに思うところもありますが、追悼式典なついては皆さんも仰るように時間に拘る必要性はないと思います。
大切なのは日頃の万が一の心構えと災害発生時にどう動けばいいのか、震災や災害に直面しなければ分からない人達へどのように伝えていくかだと思います。
名無しさん
阪神淡路大震災は日本の歴史に
刻み込まれてるから世間から記憶が
消えても記録には残ってます。
風化させたく無い気持ちは分かりますが
時代は進みます。
時間に拘る必要は無いと思います。
何年何日の何時ごろに〇〇震災が
ありましたとニュースや新聞で流すだけではダメなのですか?
再度言いますが、
当事者の方々が各自追悼し風化させたくないという思いは分かりますが時代は進みます。
当事者の方々が亡くなったとしても
無理に追悼式をしなくても、
歴史書や教科書に記載すれば日本人の記憶に残ります。
それではダメなのでしょうか?
名無しさん
風化とはそういうことを言うのではないと思います。
東日本の時、「この下に家を建てるべからず」の石碑の下に多くの被災した町や村を作ってしまったことこそが風化なのです。
そして、風化させてはならない対象を見失うことも風化なのではないでしょうか。
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あれだけ大きな震災。風化しようにも簡単には風化しません。追悼は祭りでも伝統行事でも仕事でもない。やれる人だけがやればいいと思います。その場にいなくても、自宅でも追悼はできます。
小規模になってもいいじゃないですか。だけど追悼の気持ちは、絶対になくならないしこの震災も人々の心に残っています。
名無しさん
この震災をきっかけに、日本の地震に対する考え方は大きく変わったと思います。
それだけ大きな出来事。忘れないようにすることは大切かと。
追悼式などは、なにも発生時刻にこだわらなくてよいのでは?
負担に思いながらやるのは違うと思うので。
(・_・?)
私の部下の親は倒壊家屋の下敷で焼死しました。親族の想い続ける気持ちと、世間の風潮は別の流れがあって当然と思います。開催時間に囚われることなく、起こった事実を語り継げる社会システムと、より良い共助の有り方を築くことが大事だと想います。


nor※※※
誰も忘れないと思う。
あの震災をきっかけに防災意識が高まった事は事実です。
自治体によって対応の差異はありますが、少なくとも消防自衛隊医療機関は災害後の事態に備えを高めているのは事実。
揉んで吸って挿れるんです(//∇//)
これはとても難しい問題
ただ1.17の場合震災の起きた時間が分かっており、震災発生時に止まった時計などもそのままの状態でモニュメントとして保存されているものも多い。
そう考えたら早朝でもやる意味はある。
その一方でサラリーマンは仕事もあり参加するのは難しい一面もある。
震災が起きた時間も風化させない為にも式典自体はとても大切なことに変わりはない
名無しさん
西宮市内のスーパーで働いています。正午12時に黙祷をしますが、レジでなんで通せへんねんと怒る方、手を合わせる方、構わず買い物を続ける方がいます。なんか悲しくなります。あの時、大阪でもすごい揺れを感じましたし、阪神高速が倒れていた事、1時間ごとに増えていく亡くなった方、、小学生ながらに恐怖を感じたことは今でも忘れません
名無しさん
神戸市内の小学校では、1月には震災の勉強をして歌を歌います。
その日その時間に限らず、追悼の方法はあると思うのです。
そして、次の世代に引き継ぐこともありじゃないかと思いました。
名無しさん
まずはご自身の身体を大切にされるのが一番。
追悼方法は、他の形でも色々ありますよ。
個人的には、無理せず多くの人が関われる方法がベストだと思います。
名無しさん
別に風化されている訳ではないと思う。自分も神戸の震災経験者だが個人個人が胸にひめておけばよいのでは?
追悼式って必要なのか?って疑問に思うし主催者側の自己満足でしかないのでは?
ルミナリエも来場者減って期間も短くなり、それって鎮魂ではなく商売的要素がまさってますしね


管理人の率直な感想

僕も時間にはこだわらなくていいと考えている一人です。
ですが、東日本大震災の時もそうでしたけど、壁掛け時計や学校の校舎の時計などが震災の発生時間で秒針が止まってるんですよね。
あの映像を見ると、当時の被災者の方々の中に、発生時間に重きを置いている人がいるのも分かります。

時間が時間でしたしね。
24年も経つんですね。

風化は避けなければいけませんが、当時の被害状況をそのまま伝えるだけではいけない。
震災は時として予測を大きく上回るものだからです。

東日本大震災だって千年に一度の未曽有の災害と言われていますが、本当に千年に一度かどうか怪しいものです。
あれが震災の最低限の姿だと心構えをする必要がある。

油断して多くの方が亡くなりました。

亡くなった方々が悪いわけではありません。
全員が全員あんな災害が起こると考えていなかったのです。

これから起こると言われている首都直下巨大地震や南海トラフ地震、そして津波。
「なんだかんだで来ないだろう」と考えている人がまだいるかもしれません。

震災は時と場所を選んではくれません。
事件や事故で亡くなる方がいるのも悲しいですが、「自然には勝てない」と言ってしまうのは物凄く悔しい。

生きてやりましょうよ。

噴火による災害もそうです。
日本にそういった歴史がある限り無視はできません。
しちゃいけない。

震災によって亡くなられた方々を悼むと共に、残してくれた教訓を忘れず生きるんです。
二度目になりますが、自然には勝てないなんて言葉はもう誰の口からも聞きたくない。

負けなきゃいいんです。
生きればいいんです。

百歩譲って自分ならまだしも、大事な人を亡くしてからでは遅いですから。
僕は西日本の人間ではありませんが、遠くから追悼の意を込めたいと思っています。








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