愛猫といっしょに過ごす時間を増やしてみる
愛猫の命が残り少ないとわかったら、まずは過ごす時間を増やしてみましょう。二度と同じ時間を過ごすことはできませんので、後悔をしないようにできる限りいっしょにいてあげてください。そして、目一杯スキンシップをして、これまで以上に愛情を伝えてあげてください。他に家族がいる場合は、愛猫が寂しくないように、常に一人は家にいる状態を作ってあげるのも良いでしょう。
末期にできる選択肢を考えておく
愛猫が病気になった時に苦しい治療や闘病はつきもの。そんな時には、飼い主としてどのような判断をとるのが良いのでしょうか。治療を続ける、治療を中止して自然に任せる、苦しそうな状況から解放させてあげるために安楽死の道をとるなどさまざまな選択肢があります。ここで大切なのは、いずれかが正解という価値観を忘れること。飼い主が愛猫のことを想って判断を下したのであれば、それが正解だったのだと思うようにしてください。
①治療を続ける
費用はかかりますが、抗がん剤治療などすべての治療を行う選択肢です。愛猫が亡くなったあとも、「やれることはすべてやってあげた」と思えるでしょう。
②治療を中止する
無理な治療はせずに自然な形で最期を迎えてもらう方法です。治療を受けている愛猫の、辛そうな姿を見ずに見届けることができます。
③安楽死にしてもらう
心理的な抵抗があるかもしれませんが、愛猫を苦しい闘病生活から解放してあげるのも、選択肢の一つ。治療を続ける続けないにかかわらず、辛そうな病気の猫を見るのは心苦しいので、楽にしてあげるという考え方です。
死に目との立ち会い
飼い主としては、愛猫の死に目に立ち会いたい、最期を看取ってあげたい、という気持ちがあると思います。しかし、都合がつかずに死に目に会えなかったり、家に誰もいないときに最期を迎えてしまうかもしれません。だからと言って、自分を責めるのはやめてくださいね。火葬までの1~2日間は、一緒にいることができます。その間、十分にお別れのあいさつをしてあげましょう。
参照元:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190115-00005555-nekomag-life
必ず訪れるペットとの別れとペットロスの問題。後悔しないためにできること。ネットの声
もっとああしてあげれば良かったって思うと思う。
愛してるならなおさら。
もう十分やったと満足して見送る事なんてできない。
昨年のちょうど今頃、愛猫を見送りました。
末期の腎不全。病院からも最後はお家で、と言われ土日を一緒に過ごし、日曜の夜に安楽死・・・
苦しそうにしている姿を見るのは辛かったですが、最後の2日間は自分(猫)か好きだった場所を一つ一つ思い出すように、巡回してました。
その時、この子ももっともっと家族と一緒に居たかったのに、自分がもう駄目だとわかってるのかな、、、と、申し訳ない気持ちで涙が止まらない状態でした。
未だペットロス、、、
うちの高齢猫は闘病中だけどお日様の当たる温かい日に眠るように逝ってもらいたいと願ってやまない
そんな日がくると思うと胸が締め付けられて涙が溢れてくる
飼う時から毎回覚悟はしています。
でも別れは本当に辛いけれど、みんな苦しまず眠るように逝くので「出会えて良かった!ありがとう」って生きてる間は常に猫に言っているので後悔していません。一緒に過ごした思い出だけは残っているので生があるものには死があるという事だけはそれなりの覚悟の上で愛情を生きてる間に与えるのが飼い主の役目だと思います。
本当は悲しくて夢でもいいから会いたいと思う時もありますけどね。
それでも、悪性リンパ腫で末期告知を受けた時に安楽死をすすめられたのを断って良かった。苦しかった時間も長かったかもしれないしエゴであっても。
治療して寛解から、3年生きられた。
積極的治療をするのも、ターミナルケアをするのも、自然に任せるのも、正解は無いしどれも後悔は絶対すると思う。
でも、安楽死だけは、私には選べない選択肢だった。命を終わらせられなかった。
あと、愛猫が亡くなって本当に悲しかったけど、火葬してお骨になったあの子を見たら、すうっと、ああ、病気も全部無くなったよ綺麗にして貰えたね、と思えました。
火葬っていう文化は、すごいです。
糖尿病の合併症で亡くなりました。
年末から入院してて、
最期は脳が動いてない状態になりました。
医者からは延命処置は可能と言われたが、
植物状態なのに、何本も体に痛々しい
管を繋げてまで生かすのは可哀想だと
両親が判断して、治療を辞めてもらいました。
私は6年前に家を出ていますが、
まだ独り身だった時は定期的に
猫に会いに帰れていました。
ただ、その後3年で結婚、出産。
旦那と子どもが両方とも猫アレルギーなので、
私は結婚を機に実家に帰れる機会が
ほぼ無くなってしまいました。
この前、猫が亡くなった時に
もっと生きてるうちにいっぱい会っておけば
良かったと後悔した。
残りの4匹ももう15歳以上の高齢。
まだ私の子どもが2歳で中々自分1人に
なるのは難しいけど、旦那の協力を得て
これからは1人で猫に会いに帰れる時間を作って
行こうと思う。
でも私は夫が猫を可愛がっていても、「とはいえ手術代を出すほどは可愛くないんだよね」って思ってしまいます。家族の方針一致も大事です。私はかなりしこりが残っています。一生消えない気がします。
細胞診の結果で、悪性とわかったその日から、痛みと苦痛をとる事を最優先に、家で看取ってあげたい旨を、かかりつけ獣医師に伝えました。
家族は、仕事と学校で間に合いませんでしたが、私は、たまたま仕事が休みで在宅していたのが幸いでした。
最期の1週間は、前庭神経が侵されて、声にならない声で「ムー、ムー」と鳴きながら、旋回運動を繰り返していましたが、亡くなった日の朝に、私のベッドまで上がって来た時には、びっくりしながら号泣しました。
沈丁花の花がほころぶ2月末、私の腕の中で、穏やかに虹の橋の麓へ旅立ちました。
猫を家族に迎えることを考えている方には、看取りの医療費までを考えて、迎えて欲しいです。
家族の一員なわけだから悲しみは深い。
とにかく忘れないであげて欲しい。
何年何十年経っても忘れないであげて下さい。
片腎は4倍以上に膨らみ珍しい病気にて、手術ができるのは県外、嫡出以外の方法は難しいとのこと。夜な夜な家族で相談し、結論を出しました。手術はせず最後の時間を家族で過ごす。とても幸せな時間でした。治療食から食事も変え、大好物な缶詰や猫用のカニカマ等喜んで食べておりましたが、最後は食欲もなくなり寝て過ごすことが多くなりました。亡くなる一週間前になると嫌いな風呂場や倉庫に行くようになり、まるで死に場所を探しているかのようでした。最後に選んだ場所は母親の膝の上。撫でられながら逝きました。思い出を、幸せをありがとう。私はこの子の生き様を忘れません。凛々しく病気と戦った私の家族を。
老猫でしたが、私は積極的治療をお願いしました。お金も凄くかかったし、毎日の病院通いも大変だったけど、それ以上のものを私は猫からもらっていたので頑張りました。
でも、やっぱり後悔は今でもしています。
積極的治療はやっぱり苦しませるだけだったのではないか?
私のエゴだったのではないか…?
正解はわかりません。
1日でも長く一緒にいたいのは誰もの願いであり
病気が治るものは精一杯できる限りの治療はするべきですが、
現在の抗がん治療など治らない病気に対しての投薬は結局副作用も
きつく苦しめる期間を長くするだけだと感じました。
私自身、安楽死という手段は選択しませんが自然にするのが一番
では無いかと愛猫が亡くなった時、感じました。
それよりも早く猫の病気に対する医学進歩を願います。
14歳の時に腎不全で2週間入院して死の淵から甦り、それから3年間ほぼ週一で通院(点滴&注射)しました。
最後は土曜日の夕方に自宅で亡くなりました。
仕事で留守してる間じゃなくて良かった!
きっと頑張って待っててくれたんだと思う。
めちゃお金かかったし、毎週末の通院は負担だったけど、
出来ること全てやり尽くして、看取りまでできたので、後悔のないサヨナラでした。(T^T)
とにかく、高カロリーの食事を与えた。その後も合わせて3度の死を覚悟したけど、20才まで生きてくれた。
愛猫が居なくなって、まだ3週間も経ってない。声上げて泣いた。
最後は、猫に多い心臓肥大からの肺水腫。苦しそうだったので動物病院の酸素室に入れてもらい、その日のうちに酸素室レンタルをして翌日に設置予定だったけど間に合わなかった
利尿剤が効かないって言われて、それだけ弱ってるなら家に連れて帰りたかったけど
まだまだ全然元気ですが、年が年だけに、いつかお別れが…と考えたくもない想像をしてしまいます。ただ、留守の時とかに1人ぼっちでなんて事はならないように、時間の許す限り一緒にいるようにしています。
今のところ病気とかはないので、万が一病気を発症するような事があったら、薬漬け等々
あまりに無理な延命治療は避けたいと考えるこの頃です
様子がおかしいと思った時には既に手遅れで
自然な形で最期を迎えるのが一番だと主人と話し合って出した結論。
病気が判明してから約一ヶ月。
苦しかっただろうけど懸命に生きてくれた。
どうしてもっと早く気付いてあげられなかったんだろうって
今でも考えてしまう。。
なかなか子供が授からなかった私たちにとって
娘のような存在だった子。
子供が生まれてから立派なお姉ちゃんになってくれたなぁ。
旅立つ
もっと出来たことがあったかもしれないが頭の中をぐるぐるします。
なんでこうしなかったんだろうが頭の中をぐるぐるします。
けど…毎日毎晩看病して、最期の時を一緒に過ごして号泣して、そしてあとは時間薬。
医療費が高額だから選択できないって事のないよう、猫にための生活になりつつある我が家。今まで亡くした子達の思い出と学ばせてもらった事を大切にしたい。
かかりつけの獣医師さんには、生きる意志がとても強い子だと言われていました。
正解はわかりませんが、動物ってどんなに辛くても生きることを諦めないのではないかなと思います。今の子がそのときになっても、安楽死という選択は私にはできないと思います。
腎臓不全で1月から亡くなるまでずっと通院
腎臓ケアのフード、ペットシートなど結構費やしました
最後は30時間ほど1時間おきに来る
ケイレンで苦しんでる姿を見てました
とても辛かったし、可哀想で可哀想で…
途中安楽死のほうが…とも思いました。
でも、してあげれることは全てしてあげれた
と思ってます。
今も恋しいすごく恋しい…
また巡り会うことを望んでいます。
もうすぐ19歳のおばあちゃん。
腎臓はじわじわと悪くなってきて、
療法食と飲み薬のお世話になっている。
乳首にしこりもあって、
針の検査では悪性ではなかったものの、
たまたま悪い細胞をすり抜けてしまっただけかもしれないし。。
年も年だし、腎臓も悪くなってきてるし、
仮に乳がんだとしても、
今の身体に麻酔は厳しい。
今はまだ年のわりに元気だし、
食欲もあるし、体重も減っていないけど、
いつ急にどうなるか分からないから、
毎日不安でいっぱい。
ずっとずっと一緒にいたい。
時々ふと愛猫の最期を考えてしまう事がある。
それを考えるたびに、命あるものをいつかはって思うけど、辛くて胸が苦しくなる。
だからその時が来た時に後悔しないよう
たくさん可愛がろうと思う。
でもできるならずっと一緒にいたい、それが本音。
手術も2度して腎臓も悪いし、積極的治療はしたく無いです。
おなかの腫瘍が見つかった時には末期で手術もできない状態でした。 自宅で処置しながら生活してましたが、何もしてやれない自分が情けなくて悔しくて何度も泣きました。
今でも思い出すたびに涙がでます。
でも、自宅で家族に看取られて幸せな最期だったと思います。
やんちゃだった子がちょっと歩くのも辛そうにして、見るのもつらい状態が一ヶ月続いています。
けど、まだ目だけは『僕、まだ生きたいよ』って言ってるみたいで、本当は仕事なんか行きたくないし、ずっと一緒にいてあげたいと勝手に思ってます。
いつかはお別れの日が来るのは解ってるけど、その日が一日でも先にとも思ってるし、この子がもっと苦しむ姿はあまり見たくないとも…
嫌がる薬を無理矢理飲ませて、延命する事がこの子にとって本当に良いことなのか、毎日が葛藤です。
けど、あの目を見ると、やっぱり少しでも長く一緒にいたいって思ってしまう。勝手な飼い主なんだろうな…
けどまだ『もう我慢しなくて良いよ。ありがとう』って言えない。
自分勝手な飼い主にもう少し付き合ってね。
肝硬変と診断されてから1ヶ月半・・・、にゃんこも飼い主である娘もとても辛い日々を過ごしました。
最後は一生懸命診続けていた娘のいない日に。なくなる寸前まで娘の脱いだ服を匂ったり・・・する仕草みて本当に娘の事が大好きだったんだなと。
そしていつも一緒に娘と寝ていたベッドで私と主人に撫でられながら虹の橋をわたりました。
もっと早くなぜ気がついてやれなかったのかとか後悔しますがいっぱい頑張ったね。もう頑張らなくてもいいんだよ。と思う気持ちで家族みんなでお別れしました。
いまでも悲しみはありますが彼の様なにゃんこに出会えそして家族中にゃんこ好きにしてくれた事を感謝。
本当にありがとう。
私よりネコ優先の生活を送っています。
難しい問題ですが、命のある限り最終最後まで面倒を見ようと思います。
今はいつも居てあたりまえの、まだ元気盛りの我が家の猫たちがいなくなるなんて想像つかない。七歳でもう折返し地点、でもあと10年一緒にいれるのかなと思ったり…
今一緒にいる幸せを大事にしようと思います。
猫も高齢になると怪我以外の保証のあるペット保険に入れないからもしもの時に備えて中古の軽自動車が買える位貯金してあります。
皆さんのコメントから長生きの猫ちゃんが多いことがわかりました。
一緒に最後まで過ごすということは世話をする飼い主の年齢も関係することだし、私達もこの子で最後にしようと決めました。
だから、3歳になるわんことまだ3ヶ月のにゃんこに、ここに来て良かったと思ってもらえるように最後まで大切にしたいと思いました。
と、言っても私達家族が幸せにしてもらっているんですが(笑)
何度も立ち会ってきたけど
自分のニャンコの事を考えるだけで
気が狂いそうになる。
ペットロスにもなるだろうな。
でも、自分の年齢を考えると次のニャンコを迎える事は難しいと思うから
このコが私の人生の中で最初で最期で最高のニャンコ。
悔いが残らないようありったけの愛情を注いで毎日楽しく過ごそうと思う。
誰よりも何よりも君を愛して大事に思ってるよ。
自分の猫のその時を考えるのはつらい。
苦しい中必死で水を飲もうとする姿が今も忘れられません…
別の子を同じ肺がんで亡くしていて、その最期が壮絶だったので家族で安楽死を選びました。
その選択はとても辛かったです。しかし大切な子が呼吸が出来なくなってもがき苦しんで死んでいった様子を目の当たりにしていたので、もうあんな苦しい思いはさせたくないと家族で決断しました。
家族が見守る中、私の腕の中で静かに逝きました。今思い出してもつらく悲しいです。
もっとたくさん一緒に居てあげたらよかった、もっとたくさん撫でてあげたらよかった、もっとたくさん……後悔は尽きません。
もし願いが叶うならば、あの子にもう一度会いたい。もう一度だけ優しく抱きしめたいのです。
元々病院や家族以外の人間が大嫌い過ぎてストレスになり過ぎているのを先生が理解してくれて、家に明日帰らせてあげましょうと言ってくださいました。しかし当日急変して亡くなり連れて帰れませんでした。
最期の判断って難しいです。
家が大好きだったから家で看取りたかったけど、仮に連れ帰れたとして苦しむ愛猫を病院に連れて行かず天に召されるのを見届けることも出来なかった気もします。
しかしそれと同時に、家族として最後まで看取ってもらえた猫たちの多さにホッとします。
幸せなニャンコたちが多くて良かったです。
まだ、推定5歳(宮益坂で拾ったので、獣医の見解)が2匹居ますが元気で長生きして欲しい。
一緒に拾ったもう1匹は昨年、腎不全で亡くなってしばらくは辛かった。
息子たちも、今まで以上に猫を可愛がるようになったけど、その分ロスが心配だ。
病院に駆け込んでも時間的には変わらず、ただ近くで泣いていることしかできなかったときに、安楽死というものが身近になりました。
最期は痙攣して死ぬかもといわれていたとき、考えるべきでした。
ほかの今まで送った子もなかなか安らかな眠るような死はないです。
まだまだ元気できっといつか老衰だと勝手に思っていましたが、変化に気づいて病院に行ったらもう末期…。
動物病院で治療しても必ず治るわけではなく、今夜が峠かも、と言われ泣く泣く連れて帰って来ました。
金銭的余裕があれば、預けて出来る限り治療すれば良かったのか。
病院でなんて死なせたくない、単なる私の我儘だったのか。
弱っていく姿が悲しかった。いじらしい姿が愛おしかった。
大好きだよ、病気なんて治って、って何度も願って言葉にしたけど、最後は腕の中で息を引き取りました。
まだ思い出して泣いちゃうよ。
ごめんね。また会いたいよ。
待っていてね。大切な家族だよ。
噛まずにおとなしく抱っこさせてね!
でもひとつだけ、落語家かなんかの言葉で「猫が死んだらまた飼えばいい。それが供養になる」とかなんとか。
私は自分の命のあるかぎり、たくさんは無理だけど猫ちゃんを幸せにしてあげるんだ。飼い猫に貰った幸せは、別の猫に恩返し!
私の取った思いと行動で何が最善だったのか、愛猫が亡くしてから日々思うばかりで先に進めません。
家族も「この子との別れがこんなに辛いのなら飼わなければ良かった」の言葉に胸が締めつけられます。
ても、この子との出会いはかけがいの無いもので決して後悔するものでは有りません。
不測の事態で別れが有った皆さん。きっとその子とまた出会えます。きっととこかで。
安楽死を選ぶと思うな。
肝炎で手の施し様がなかった
医者にも入院より少しでも
一緒に居てあげてと言われた
泡を吹き危篤状態でも
「冷たくなってきた」との
娘の叫びに健気にも最期の
命を燃やして少し体温をあげて
くれた…
もう飼えないと言う人も多いが
落ち着いたら譲渡会に足を運んで下さい
貴方の愛情を待ち望む仔達が居ます
わが家の二代目ワンコは譲渡犬
超美猫
想像するだけで胸が痛くて涙が出ます
最後はいつもの様に少し散歩に出かけ、お昼過ぎから容態が悪くなりそのまま…
病気が判明して約4ヶ月程だったかな。
クスリ飲んでも大して変わらず。
16年も居てくれたから感謝かな。
どうしても避けてあげたいと思います
でもその時になったら
どんな形でお別れすれば良いのか
考えるだけで辛くて泣けてくる
俺はシェパード犬を飼ってて、病気で亡くなったんやけど、
看病ばっかりに目がいってて、亡くなった時にどう送るか全く考えてなかった。
10数年前の当時は、今ほどネットで調べて~って時代じゃなかったから、タウンページで自宅近くでペット納骨できるとこ探して~ってしました。
いざ火葬しますって時に、軽トラに載せた簡易焼却炉で火葬してお骨になりました。
正直、『9年一緒に過ごして最期が簡易焼却炉!?』ってかなりショックでしたね。
結局、別のペット霊園に納骨しました。
今はネットで何でも調べることができる時代だからですね。
皆さんが後悔せず幸せにペットを送ることができることを願います。
最期はありがとうでしたね
テレビなどでも描写として元気な姿から死の情報しか出ないし。
まだ最後のときなんて、考えたくない、というか、考えられない・・・。
でも現実はいつか来ちゃうんだろうな・・・。
ペットロスに絶対なりますわ。
医療費を今から貯金しておかねば・・・。
又飼いたい、でも………
いつか。
昔読売新聞の人生相談コーナーで「愛猫の死に後悔」という相談が載って、飼い主さんの想いに涙して、そして回答者の答えにまた涙した。
居なくなるなんて考えたくもないけど、いつかはお別れなんですね。
あったかいふわふわの毛に可愛い鳴き声、甘えて見上げてくる真ん丸の目、お別れしても多分忘れられないだろうな。
まだまだうちの猫は若いけど今からすでにお別れがこわいです。
昨年の2月に亡くなった愛猫のことを不意に思い出し、未だに声を出した泣き咽ぶことしばしば。
父親が亡くなった時よりも、引きづりました。
なんで?
室内飼いの猫に関しては、無駄な治療はせずに痛みだけ取ってあげて自然に死なせてあげたい。
未だに、ふとした時涙が出る。
今でも答えが出ない、一生
悩みつづけると思う。
備えている水を現役の飼い猫が毎日拝むようにして飲んでいる
答へなんて、一生出て来ない
ごめんね、早く気付いてあげらなくて
ただそれのみ
猫にとって辛い治療をして寿命を繋ぐのが良いことなのか、運命として自然に死を迎えるまで見届けるのか、どちらにしろ人間本位な気がして…
猫がどうしたいかはわからないし、何がベストなのか…
答えは出ないまま後悔は残るような気がする。
最後の旅立ちの時には、そばにいて見送りなさい。「かわいそうで見てられない」とか「私がいないところで逝かせてあげて」なんて言うのは許しません。なでなさい。なで続けなさい。かわいいね。いい子だねと言いなさい。そうすれば着換えのの時間を少し短くしてやってもよいです。まあ、気が向いたら
猫の十戒の最後ですが・・・泣
誰かがこの記事とは違う記事についたコメントで書いてた。
安楽死を選ぶ時は飼い主は一緒にいないとね。
管理人の率直な感想
ペットロスは僕も経験したことがあります。
亡くなった直後は悲しみと後悔、自分を責めることばかり。
「もっと遊んであげればよかった」
「叱っちゃったこともあった」
「病院怖かっただろうな」
「あの子は本当に幸せだっただろうか。こんな自分でごめん」
そして『もっと一緒にいたかった』です。
良い思い出っていうのは結構時間が経ってから思い出すもので、ああすれば良かったこうすれば良かったばっかりなんですよね。
僕が飼っていた猫は凄く甘えん坊で、僕が仕事から帰ってくると車の音で分かるらしく、外に出て来て(出してもらって)車のドアを開けると速攻で僕の胸にダイブしてきました。
「おいおい動けないぜ~」なんて言いながら、子供をヨシヨシするように抱きかかえながら玄関へっていうのが日課でした。
そんな猫だったのですが、体調を壊して痩せていく中、ある朝に僕が仕事に行った後に行方不明になりました。
気にしながら仕事をして帰ると、やっぱりいない。
体調が悪いので胸にダイブは無くなっていたんですが、家の中にいない。
外を探すと、家の脇の方で倒れていました。
もう亡くなった後でした。
いつどうやって出たのかは分かりませんが、最後を悟って僕を探しに出たのかもしれない。
そう考えるといてもたってもいられず自分を責めるばかりの毎日が続きました。
今思い出しても目頭が熱くなりますが。
後悔しないためにといっても、やはり何かしらは後悔するものです。
「後悔を最小限にするため今を一緒に」そして「亡くなった後に良い思い出と共にずっと一緒にいられるように」
そんな思いから今回の記事を載せました。
『動物を愛する人に悪い人はいない』と言いますが、僕は後悔から自分をさも悪人かのように責めちゃったので。
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