プライドがムダに高い「中高年男性」の末路

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『週刊SPA!』の12月4日号で特集された「(裏)流行語大賞」のサラリーマン編第2位に「おじさんの孤独」が選ばれた。
今年2月、筆者は『世界一孤独な日本のおじさん』という本を出版し、以来、この連載などで、「孤独」の健康影響などについて発信し続けてきた。
一人の時間を楽しむ「ソリチュード」はいいけれど、誰にも頼ることができず、一人、不安で寂しい気持ちを指す「ロンリネス」の孤独は心身に大きな負荷を与える、ということは無数の科学的研究によって実証されている。

特に男性は、退職後、長期的な孤独に陥りやすいので注意が必要だというメッセージに対し、多かったのが、「孤独の何が悪い」「孤独上等」というご意見だった。
書店には、「孤独万歳本」があふれかえり、ものすごい売れ行きだが、この現象は、多くの人が「孤独に対する漠然とした、もしくは鮮明な不安」を抱えていることの裏返しではないだろうか。
というわけで、にわかに注目を集める(? )「おじさんの孤独」だが、最近の中高年男性たちはそれ以外にも、いろいろと「生きづらさ」を抱えているように見える。


書籍『世界一孤独な日本のおじさん』

世界一孤独な日本のオジサン (角川新書) [ 岡本 純子 ]

価格:885円
(2018/12/11 15:30時点)

日本のオジサンは世界で一番孤独――。
人々の精神や肉体を蝕む「孤独」はこの国の最も深刻な病の一つとなった。現状やその背景を探りつつ、大きな原因である「コミュ力の“貧困”」への対策を紹介する。

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生きづらさの根っこにある「プライド」

人材難時代に若者たちは引く手あまたの一方で、テクノロジーの変化の速い現代に、「進化」に対応できない一部の男性たちに向けられる視線は極めて厳しい。パワハラ職場で必死に働き、少ないお小遣いで家族を支えるために頑張ってきても、なかなか報われない。そんな彼らへの深い愛情から、筆者は「余計なお世話」「放っておいてくれ」と批判を受けながらも、日々、皆さんの「幸せ」のカタチを探るというお節介を焼いている。

長らくおじさんウォッチングを続けてきて、彼らの「生きづらさ」の根っこに何があるのかを考えた結果、最終的に、4つの要因にたどり着いた。それは「プライド」と「恥」と「承認欲求」そして、「男らしさの縛り」である。今回は、まずその1つ目、「プライド」について考えてみたいと思う。

都内の製薬会社に勤める50代後半の男性は、定年後の人生を模索する中で、尊敬する先輩にこう言われた。「定年を迎えたら、プライドと肩書を徹底的に捨て去りなさい」。日本のおじさんの最大の呪縛はこの「プライド」という何とも厄介な代物だ。特に終身雇用、年功序列制度という「タテ社会」の中で、会社勤めの男性は係長、課長、部長……と役職が上がるにつれ、上から目線で話し、敬語で「かしずかれる」ことに慣れていく。

「権力」という空気が、「プライド」という風船を膨らませていくようなものだ。上司らしく振る舞わねばという責任感がいつの間にか、プライドやおごりになり代わっていたりする。

友人の選挙を手伝っていた女性は、中高年のボランティアの人たちと一緒に仕事をするうちにあることに気づいた。女性たちは、おしゃべりを楽しみながら、自然に共同作業を楽しむが、男性は時々、声がけや感謝の意を伝えないと「すねてしまう」ところがあったというのだ。

「『すねる』『ひがむ』『うらむ』という言葉の裏には『甘え』がある」と精神科医の土居健郎は著書『「甘え」の構造』で指摘したが、「無償の奉仕」に慣れない男性は、知らないうちに、自らの「奉仕」に対し、「働きを認め、プライドをくすぐる」という「対価」を求めているところがある。

定年後の男性は、その知見と経験を生かして、ボランティアなど社会貢献に携われば、きっと尊敬され、自らの幸福感につながるのではとも思うのだが、「なぜ、タダで働くのか、その意味がわからない」という人が非常に多い。ここでも「ある種のプライド」が邪魔をしている。


「歩み寄り」を阻む「プライド」

仕事という戦場で、盾と剣で戦い続けているうちに、「プライド」という分厚い鎧をまといやすく、そうして肥大化したプライドは、人とつながりを作ることを非常に難しくする。相手の気持ちに寄り添い、共感し合い、理解し合うことで、関係性は深化していくが、強すぎる「エゴ」(自我)に対するプライドは、胸襟を開いた「歩み寄り」を阻むからだ。会社という狭い社会の中で、どちらかが上でどちらかが下という力関係に基づくコミュニケーションを続けているうちに、バリバリと働く女性も「プライド」を背負いやすく、「孤独」は今やおじさんだけの問題でもない。

プライドという言葉は、日本では、ポジティブに使われることが多いが、実はキリスト教では、罪の根源とみなされる7 deadly sins(大罪)の筆頭に挙げられている。その7つとは「傲慢」(pride)、「強欲」(greed)、「嫉妬」(envy)、「憤怒」(wrath)、「色欲」(lust)、「暴食」(gluttony)、「怠惰」(sloth)という感情や欲望だ。

元来、プライドは、自分の能力に対する過信、おごり、高ぶりを意味し、ほかの人の利益を犠牲にする極めて重大な罪であると考えられている。「Pride goes before a fall(プライドはつまずきに先立つ)」ということわざもあるが、まさにプライドとは「おごれる者は久しからず」の「おごり」にあたる。

一方で、「誇り」に当たるプライドは、ポジティブな効果をもたらすことが実証されている。サウスウェールズ大学の研究では、プライドが忍耐力ややり抜く力につながり、勤勉さと献身に結び付くと結論づけられた。つまり、プライドには「良いプライド」と「悪いプライド」の2種類が存在するということになる。実際、英語では、良いプライドはAuthentic pride (正真正銘のプライド)、悪いプライドはHubristic pride(高慢なプライド)といったように区別される。

「正真正銘のプライド」とは、自分の持つ能力に対する誇りの感覚だ。自分の作り出す作品に対する誇り、仕事に対する献身やその成果に対する満足感など、自分の内面から湧き上がってくる「絶対的な感覚」。こうしたプライドは周囲から共感も得やすく、また、自分のノウハウや技を共有し、他者をサポートしようとする行動につながりやすい。脳科学的にも、他者とのつながりを促進するセロトニンの分泌と関連付けられている。

一方で、「高慢なプライド」は、自分の有能性や支配力を過度に誇示しようとするために、脆弱な自我と不安、攻撃性を伴う。こうしたプライドは男性ホルモンの分泌と密接に関わっており、他者との関係性を阻むと考えられている。


「相対的な自信」は百害あって一利なし

つまり、「誇り」とは、他者からの評価とはまったく関係がない「絶対的な自信」であり、「傲慢」は肩書や身分を根拠に、自分を誇大表示して見せようとすることである。結局のところ、他者からの承認や評価に依存して得られるものであり、他人と比較したときの優位性に基づく「相対的な自信」ということになる。こちらのほうは百害あって一利なしということなのだ。

「良いプライド」は謙虚さを伴う。職人が、現状に満足せずに、つねに高みを目指し、より良いものを作り続けようとする姿はこの典型だろう。一方で、自分を進化させていく努力をやめ、他者との競争や、他者からの承認によって自己の存在意義を求めようとすれば、そこには最終的に、空虚さと孤独しか残らない。

人は案外、まがい物のプライドにとらわれやすいものである。人を解放し進化させるプライドか、人を閉じ込め退化させるプライドか――。そのプライドの真贋を見極めておく必要があるだろう。

岡本 純子 :コミュニケーション・ストラテジスト
参照元:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181211-00254044-toyo-bus_all&p=1


世界一孤独な日本のオジサン。孤独は寂しい?自由?ネットの声

名無しさん
たしかにプライドを捨てたら物凄く生きやすくなった。
思ったら以上に、他人は自分のことなどみていない。
なぜなら、自分は他人のことなどほとんど気にしてないから。
そう確信的に思った時、有休も取りやすくなり、ファッションも気にならなくなり、乗る車も気にならなくなりました。
経済的にも時間的にも余裕ができ、私にとって家族と過ごす時間が1番重要だとわかりました。
名無しさん
確かに納得できる内容でしたね高校時代の担任が言ってた事と似てるようなものがありましたね確かにプライドが余りにも高すぎると教師以外の職で苦労することになるとか言ってましたねー確かにその通りだと思います時にはプライド意識しない事も大事だと思いましたね謙虚さを持って仕事に取り組んで欲しいものですね特に中高年のプライドが高すぎる方たち
NIK
要は生きにくいのも生きやすいのも自分自身の問題
評価されるのを恐れて人と接しないのと、1人の方が楽なので1人でいるのとは真逆。
1人の方が景色や時間を楽しめる時があるから。
自分がある人は群れないと不安だと感じる事はない。
群れていても、1人でも自信のある人は幸せで、反対の人は群れていても周りを気にして、1人でも1人である事を気にしている。
名無しさん
50歳を前に大病を患い会社を休むことになった。それまでは、仕事中心の生活が当たり前だと思って頑張り、役職をあげ給料をあげるのが自己実現と家族のためになると信じてきたが。
復職後は会社も労災を怖がり腫れ物に触る扱いになった。最初は寂しさもあったが、少し早いがこれから始まる老後数十年のスタートだと割り切ったら違う世界が見えてきたのも事実。もちろん、それまでの自分のやってきたことに誇りはあるが、それは人としての誇り。肩書きや取り巻きがいないと示せないものは所詮ハリボテ。でも、それに気づかない奴も多いと思う。
人生100年時代と言われる。まあ、100までは生きられないだろうが、役にも立たない傲慢さは自分を苦しめるだけ。
名無しさん
性別関係なく、無駄にプライド高いと平気で人を見下し利用して自分は動きたがらない嫌な人になりがち。プライドと誇りは全然違う。誇りは根拠がある自信を持っていい部分で周りへの感謝や謙虚さを伴っている。プライドはなんの根拠もなく自分はもっと大事にされ重んじられるべき存在という勘違いに。上役という立場は人間性の格差がすごい。能力があり平よりよく働く人もいれば、ただ権限をふるい威張ってえこひいき、パワハラセクハラもいる。
名無しさん
これは、中高年の男性だけに限った事ではないと思います。女性でもある程度社会人として波に揉まれて生きて来た人ならば、誰でも自分を支えて来た自信と経験と言う物が有ると思います。でも、仕事の環境が変化したり、定年退職後での新しい職場環境に慣れる為には、聞かれない限り、自分の元の役職等は話さない方が、新しい職場ではスムーズに仕事がこなせると感じます。何処に勤めても、私ならこう改善した方が良いのにと気になっても、最低半年は黙って仕事を続ける等の気配りは必要だろうと感じます。プライドは捨てなくても良いと思いますが、それをひけらかしては、場違いだよ思われて、孤立しかねないと思います。


名無しさん
自分は無駄にプライドが高い高齢者を知っていてその人をとてもかわいそうに思っている。
彼は以前サラリーマンだったのだが、体を壊し退職し自営になった。しかしサラリーマンだった自分が忘れられず会えばその話しかしない。その間いろんな人生があっただろうがその景色は見えていないのか、過去を美化し、そこにウソを盛り込んでくるから家族も手に負えず家族内であれば言わせてあげてるようだ。それだけならいいのだが、自分を肯定するために他人を、他人の家族をけなす…馬鹿にする。
そういった思考だから、彼に良くしてくれていた人も匙を投げて本当に孤独な老人だ。
自分がみてもコンプレックスの塊なんだなと思うとかわいそうに思うがもう変われないんだろうなと思う。何がその人にとっての幸せかはわからないが、彼がもっと無駄なプライドを捨てた人生なら少なくても奥さんはもっと違った世の中を見れたんじゃないかと思ってしまう。
名無しさん
定年前であっても、孤独化の罠にハマりそうだ。仕事上で長年かかって積み上げてきたスキルそのものが、時代に必要とされなくなる変化の速さ。後輩に教えることより学ぶことの方が多いという厳しい現実。こんな時代に、定年後まで小さなプライドを捨てきれなかったら、粗大ゴミ化してしまう。われ以外皆わが師と言った吉川英治の精神を忘れず、新しい人々から新しい感覚を学び続け、何らかの形で、人の役に立てる人になりたいものだ。
名無しさん
プライドを持って仕事をするというのを、勘違いしている人が多いんだろうね。
自分に与えられた仕事を権限の範囲内で確実にこなすプロとしてのプライドを持つということだよ。
あくまでも自分の中だけに持っておくもの。
他人に見せたりするものではない。
名無しさん
大手勤めの人はプライドが高いのか分からないが、人が変わるね。友人にも何人かいるけど、学生時代とは明らかに変わった。昇進のためにその人が自分にとって利益のある人なのかという見方に変わるのだと思う。あるいは大手に入って偉くなったと勘違いするかだね。
もちろんいつまでも謙虚な方はいます。そういう方に人は寄ってくるのかなと思う。
肩書きや地位で生きる人間ほど苦しんでいるものはない。また肩書きや地位を得たときにその人の本質は見えるものです。謙虚に生きたいですね。
名無しさん
私は、プライドが高いとよく自覚する時がありました。それは女性に対して「見栄を張る」ときです。そしてそれは高確率で空回りしてきました。今思い返してみると恥ずかしい記憶でいっぱいです。なんと愚かな行為だったのでしょうか。今の奥さんには全く見栄を張っていません。むしろ素のままを出しています。上っ面だけの人間関係が自分の心にストレスを与えていたと私は実感しています。もちろん、仕事をやっていく上で上っ面は効率的だし、必要だと思いますが、本当の人間関係を築きたい人とはなるべく早く素を出してお付き合いした方がいいと感じます。
名無しさん
意味の無いプライドてあるよね。
ただ自分を良くみせるだけの為に
人を意味無く批判したり。
ただめんどくさい人間に多い。


tuk
そもそも資本主義自体がプライドを刺激して射幸心を煽り、結果として発展していくもの。だからこれは中高年男性だけに限った話ではない。
ただし、日本の場合は他の資本主義の先進国に比べて雇用の流動性が低いので、肩書きに執着してプライドが高くなるのは自然だと思う。
今の中高年男性は終身雇用、右肩上がりを経験した最後の世代だから、特にその傾向が強いのだろう。
名無しさん
今の中高年はクラスで何番とか幼年から競争が自分の位置を確認してきた悲しみの過去がありゆとり世代とは違うから頑張った人にプライドを捨てる事には抵抗があるのは当然だが人は思うより自分には関心がないし自分も他人のことを考える時間は少ないからそれに気づけば本来の自分の自由を満喫して精神的に解放されて老後の生活を楽しみ充実するのでは?
名無しさん
平社員でサラリーマンを終えそうなので、変なプライドは無いかな。
私は近所付き合いをあまりしてこなかったので、自治会の活動に積極的に参加するようにしました。
また、妻の友達がよく遊びに来るので、おもてなしの心を忘れないように気をつけております。
名無しさん
本当に色々出来る人って、謙虚だしひけらかさない。人に見くびらせる能力も持っているし(これが多分、一番難しい)、腰が軽いから、周りに人がいるものです。
一番大事なことは、男性の場合だと会社を離れたら「会社名と肩書きを忘れる」ことでしょうね。
女性の場合だと、働いていようがいまいが集まりの場においてどこで働いているか(働いていたか)が出ることはまずありません。
男女の違いがあるとしたらそこですかね。
名無しさん
そのオヤジたち、単に自信が無いんだよ。だから変なプライドを捨てられない。自分が何者でもなかったこと気づいているが、仕事を離れたら無価値な男であることを自ら認められない。だから昔を思い出し、学歴や職歴でマウンティングしてくる。誰もそんな昔話聞いてないのに。
一度、全てリセットした方が良いのに、生まれ変わるようにゼロから始めたらいいのに。でも出来ない、怖いんだよ。
名無しさん
いつも思うのは、何故日本の男性(特に年配の方)は、会社や仕事の関係しか人間関係がないのだろう、ということです。
仕事や会社関係以外の人間関係を築いていれば、「会社と同じ人付き合いの仕方は通用しない」ことに気づける筈ですし、その中で変なプライドは捨てられると思うのですけどね。
会社で得た地位や権力など、会社を離れれば屁のツッパリにもならない砂上の楼閣だと気づけるかどうか、でしょうね。


名無しさん
これはサラリーマン社会で生きてきた人独特の感覚じゃないかな。自営業で生きてきた人は意外に「プライド」などというものとは無縁。
組織で長い事生きてると、他人を使うというスタンスで物事にアプローチしがち。これは会社以外では通用しないどころか嫌われる要因になってる。
考えてみれば当たり前なんだが、会社でもないのに周りの人はその人の面倒見ないからねw
高齢になっても趣味をはじめ自分で動くことをいとわない人は、意外に人生楽しんでると思う。
名無しさん
知人に、「美人の嫁さん」「見た目のいいクルマ」「かっこいい服、時計」などなど、とにかく他人よりより良いものをゲットし優越感に浸りたい奴がいる。
彼にとっては、一緒に歩く女性も、外見重視で、いかに他人の女よりも綺麗かということに重きをおく。
それが彼の中での「勝ち」であり、「価値」になっている。
でも、冷静に考えてみればそれはむなしい。
嫁にする女性だって、本来、他人に見せつけるものでもないし、自慢のネタにするべきものでもない。それで「あいつの嫁より綺麗から俺は勝った」と言っている精神性。なさけない。
本来、それら全ては他人と比較して優位性を確認するものでもないし、選んだ女性にしても、自身が納得してそれで満足していればそれが一番幸せではないだろうか?
これは、大卒にこだわる人でもそう。
いつまでたっても大学名にこだわる人もね。
それがプライオリティならかなり虚しい人生だよ
ぬらりひょん
たいてい、プライドを傷付けるのは身近な人ですよ。ただすれ違うだけの世間の人々から目を向けられることはないから、傷付けることも少ないです。
むしろ、身近な人のほうが、接する機会も多いし長所も短所も知られている。なにより心の距離が近いから、意図せず若しくは意図的に嫌なことを言ってきたりします。
あと、傷付くのは「良いプライド」と自負している点を批判されたときですよね。「悪いプライド」には多少なりとも自覚はあるから、批判されても「やべぇ」とか「マズイ」とか「しまった」とか素直に思うけど、傷付くというのとは、また違う気がする。
ミシュにゃんガイドのにぼし★★
自分を誇張しなければ、自分の存在を表現できない。本当は中身が何もなく空っぽだからこそ、自分を良く見せようとしてしまう。よく見せようとすればするほど、人が遠ざかっていくこともわかっている。本当に優れた人は、人に己を誇示しようなんて愚かなことはしないとわかっている。まだまだ自分のためにしか生きることのできない自分は、やっぱりガキだと思う。家族や愛する人のために生きている人生こそ、価値がある人生だと思う。
名無しさん
こんなことはおじさんに限ったことではないと思うよ。
人と比較されやすい環境にいるとおのずとそうなってきますよ、そりゃあ。人との比較をやめることは難しいかもしれないが、できるだけそういう考えをしないこと、人と比較されやすい環境にいなくてもいいよう日頃から努力することが重要だと思います。
名無しさん
別におじさんばかりでなく、自分から生きにくくしている人は、年齢性別問わずかなりいると思う。
私が知っているのは高齢の女性だが、自分が楽しいと思っている趣味を否定されたことが原因で、ご近所の人達を低俗呼ばわりしたり、近所には何も面白いものはないし、暮らすのに不便と言っている人がいる。
でも、自分の趣味と第三者の趣味は違って当たり前。ここで相手を全否定するのではなく、相手の楽しんでいることを少し理解してあげれば話の輪が広まるし、時間はかかるかもしれないが、自分を理解する人も出ると思う。
面白いか面白くないか、便利か不便かは、その人の気の持ちようなのだ。


名無しさん
哺乳類のオスは、1人孤独になると死が早いってデータが有ります。人も同じだと思うけど
人と話し笑うのが健康に良いのでは?個人差は勿論有ります。1人が好きて方も居ます。
名無しさん
語弊があるかもしれないが、傲慢だったり、高飛車、いわゆる上から目線の人って、人間として小さいんだと思う。そこしか、それしか、そのことでしか自分を保持できないんだろうなと。絶対的な揺るがない人間性は、勉強して良い学校行ったら得られるものでもなく、偉い立場になれば得られるものでもなく。お金がたくさんあっても得られるものでもない。もちろん、たくさん苦労してきたという自負がプライドや自信に繋がってるだろうけど、だからこそ寛容になるべきなんだ。寛容になれないのはこれ以上苦労したくないという、保守的な頑固さのせい。やはり小さいよね。
私もタチの悪いおっさん→なぜかじじいに多い。と関わって生きねばならないけど、ちっせーヤツとしか感じられずにいます。
名無しさん
本当に強い人は個で生きていける、群れなくても特に寂しいと思わずに、自分の人生を楽しみ、人と接する時も構えずニュートラルに対応出来る。
そんな人が中々に居ない理由は、群れの中でのパワーゲームやら、自己を保つ為に他者弱者を下に見る事で保っているプライドが強いからなんだろうね。
退職後に放り出された社会では、元会社の仲間くらいにしか共感は得られないだろうから、普段から趣味なり違う環境で仲間を作る事で、会社の役職や立場、マウンティングは無効になるから、そう言ったプライドが必要ない事を実感出来るのかも知れないよ。
名無しさん
残念ながら家の旦那もプライドが高い。前は違ったのに…。だから、会社の人で嫌いな人には態度で示すと言ってた。何度言ってもそのスタイルは変えてない。だから、きっと近い内痛い目に遭うだろうな。と思ってる。人は痛い目に遭わないと自分を変えない。正直私はそれを願ってる。悪い意味じゃなくこれから先まだ長いんだから、その変なプライドを捨てたら今以上に仕事が頑張れる。そう思うから。
関東民
>一方で、「高慢なプライド」は、自分の有能性や支配力を過度に誇示しようとするために、脆弱な自我と不安、攻撃性を伴う。~他者との関係性を阻むと考えられている。
非常に同意できる部分。自分の上司がまさにこんな感じでした。
会議では簡単な話をわざわざ難しい言い回しで説明したり、部下の説明が理解できないと「何言ってるか分からない」「お前の説明が悪い」と怒り出したり、かといって「では、どの様にすればよいでしょうか」「最終目標はどのような形ですか」と聞くと「それを考えるのがお前の仕事だろ」と逃げる。そして自分の機嫌が良くないときは、それを隠そうともせずに横柄な態度で周囲に接する。
女子社員からは嫌われていた、というか憎まれていました。
結局はパワハラが原因で会社から追放されましたけどね。
名無しさん
小さい会社で社長をやっていますが、部下に無視され勝手に仕事を進められる虚しい毎日を過ごしています。記事を読んで、それが悪いプライドの典型であることに気付かされました。もう業界での立ち位置など気にしません。無視されても構わない。「もっと尊敬されるべきだ」などと考えても虚しい。
また趣味で将棋をやっていますが、そこには誇りといういいプライドがあることに気付きました。純粋に読みを競い合う世界であり楽しい。さらに打ち込みたいと思います。


名無しさん
この記事は、おもしろいし、
ためになる。
しかし、これは会社のことばかり
ではなく、記事にも、コメントにも
言える。
時々すごい記事、コメントあるが、
さっぱりわからないときがある。
おそらく、頭がいいのだろうが、
難しい言葉を並べただけで
プライドが高いだけというのがわかる。
よく、車の運転を見ると、
その人の性格がわかるというが、
文章も同じであろう。
人を攻撃してくる文章を書く人は、
やはり攻撃的な性格だ。
よく、恋愛の話の記事があるが、
恋人を探すときは、何回かライン
したほうがよい。
そのラインの文章で短気か、
頭がいいだけか、攻撃的かが、
わかると思うよ。
名無しさん
女性はおしゃべりして楽しくボランティアをするが、男性の方がなぜ無償で働くのかにこだわる。とありますが、楽しくやっているように見える女性たちも不満があれば裏で文句たらたらな部分もあります。男性はそれを明言化しようとしているのです。その点はよい部分だと思いますが、こじれ男性も多いかな…
名無しさん
バカになるのって大事だと思います。
ある程度の信念とかプライドも大事ですけど、負けるが勝ちって社会では結構ありますよね。
しょうもないプライド捨てて、誰からも嫌われたくないと言う考え方を捨てたら大分楽になりました。
人からよく見られたいとも思いますが、結局人は人、自分は自分でしかないのですから。
名無しさん
私の尊敬する先輩は、定年までに決定的に自信を持てるものを準備すると人に優しく接しやすくなり老後の人間関係が円滑になると講演していた。持って死ねるものではないが充分な貯蓄だったり、学位、習得に膨大な時間がかかる外国語や楽器など一つ以上を目標に精進することらしい。また準備できたら自慢することなく心の支えにしておくことが必要らしい。
名無しさん
良いプライドと悪いプライド、似て非なるものだなぁと思います。
良いプライドを持ってる人は、自分の能力や立場・仕事や成果が、第三者の役に立つことにプライドを持ってる。だから責任感も客観性もある。
悪いプライドを持ってる人は、第三者より自分にベクトルが向いているので、自分を守る事や自分の利益が最優先。責任感も客観性もないので、本人も周りも辛い。
名無しさん
プライドは良し悪しと言うけれど、良いのは仕事や家族に対しての責任遂行に対するプライドのみかな。
しかしそれを遂行するために、時には自尊心や虚栄心を犠牲にしなきゃならない。そっち側のプライドは捨てなきゃならない。
要するに邪魔なのはそっち側。
これを捨てるのはなかなか難しいけど、難なく出来るようになりたいものです。


名無しさん
今はどこの会社もこういうのを持て余してるね
年功序列や体育会系もてはやしてたときの名残である程度上に居座ってるから、こいつらが作る社内政治優先の文化が蔓延してたり、感情的なやりとりによって現場の人間が苦労する。
本人たちは自分を有能だと思いこんでて、問題提起するだけで何もせずに下にぶん投げるだけ。その癖細かいところまでケチをつける。
もちろんその手のは出世レースで有能な人たちに水をあけられているわけだけど、社内政治に命かけてる人はそれでもごますりと中身のない問題提起だけで出世していくからタチが悪い。
エコーチェンバー作りたがるから、そういう人の下につくと人は絶対成長しないしワークライフバランスも崩壊する。しかもそういう奴は自分が上手くいかないのは部下が無能だと思ってるから部下の評価も下げる。
kkk
プライドが高いのも現役中はなんとかなるけど問題は定年後。結局は孤立し孤独になる。それも体が動いたり頭もしっかりしてれば良いが特に認知症発症すれば完全に周りから総スカン。結果亡くなっても誰も悲しまない寂しい終わりを迎える。そんな人を何人も見てきました。
Hiya
自分の利益を優先するあまり他者の犠牲に無頓着な人は、生涯を通じて性格が悪くなり続ける。そして誰からも愛されることなく孤独に死ぬだけ。
逆にみんなの利益に目を向けて良い選択続ければ性格が良くなり、自然と愛され幸せになれる。
性格が悪い人に迎合する者もまた罪深い。
名無しさん
高給取りはプライドが高い、ただ今の時代いつリストラになるかわからないので、謙虚さを忘れずに…サラリーマンは会社の看板で仕事してる事を忘れてはいけないし、プライドが高いと日頃から周りから良いイメージは無く、退職したら普通の人以下になります。
名無しさん
確かに不必要なプライドや傲慢さは中高年でなくても捨て去るべきやろうね。ただ、捨ててはいけないものまで捨てる必要はない!今までの確固たる仕事で培ってきたノウハウなどは、年代に応じて形を変えてでも継承していくべきものもある。
この手の記事があがると兎に角、中高年=無能・用無し論を語るコメントも多いけど狭い社会で見聞きしただけの方かなぁと感じる。
若い世代を成長させてくれる中高年先輩は多くの企業で未だ活躍中です。巷の中高年は記事にあるような情けない者ばかりではない!
nn
定年した男性と仕事する事多いのですが、確かにプライド高い人が
多いような気がしますね・・。あと、無趣味の方も非常に多いですよ。
60年以上生きてきて、まったく趣味の一つも無いって言うのは
自分の人生振り返った時に自己嫌悪に陥りやすいと思うので
私が良く耳にする、酒とタバコが趣味とか言ってる人は何か生きがいになる事を少しでも探した方が良いと思うんですがね・・・。


名無しさん
私の周りにも、プライドの無駄に高い人います…決して人間的には悪い人ではないのに、一緒に仕事していて残念な気がします。
私の主人も、とてもプライドが高いです…いい人ですが。
私の場合だけかもですが…いい人だけど無駄にプライドが高い人に共通しているのは…
絶対に自分が悪くても謝らないという事です。
「ごめんなさい」が言えない人多いです。次いで「ありがとう」も…
基本良い人なので心の中で思っているんでしょうけど、それは伝わる相手と伝わらない相手がいるので、ちゃんと言葉にした方がいいと思います(これを言うと喧嘩です(笑)
名無しさん
男性は無意味に威張るし目立つのでわかりやすい。
女性の場合は威張るひとは男性より少ないが、かわりに、周囲の人に過剰に同情による気遣いを要求する、おかわいそうさま気質が多い。
どっちも老害なんだが、弱者に擬態するタイプは批判しにくいのでタチが悪いよね。
と、高校生のバイトのとき、同僚の六十代女性に、在庫量を確認する仕事をお願いしたら、老眼で数なんて数えられないし重いものなんて持てない!と泣かれて、パートや社員にお年寄りを苛めないように怒られたことを思い出す。
厨房で使うカレー皿を150枚数えてテーブルに乗せるという、小学生でもできる仕事だったんだけどなぁ。
とおりすがり
看護師してますが、この年齢の男性は「やってもらって当たり前」なひとが多い。
ナースコールはメイドを呼ぶベルだとしか思ってない。動けるのにリモコン落としたから拾えとかね。まあそれでも私たちはお仕事ですからいいですけど、奥様に対してもそう。面会に来て当たり前、自分の世話して当たり前。そしてそれに黙って耐えている奥様のなんと多いことか。
あれは昭和の奥様だから耐えているのであって、もう少ししたらこんな旦那あっという間に捨てられて、病院でもひたすら孤独なんだろーなーと思う日々。
名無しさん
例えば、3人で旅をすれば楽しいが、スケジュール等他の2人の意見に同調しなければならず我慢を強いられる事もあるが、ひとり旅だと自由で気楽だが楽しさを共有できる誰かが欲しくなる時もある。人間とはワガママなものである。
名無しさん
変にプライドの高い奴って、基本的に人としてなってない奴が多いし、友達も少ない気がする。
名無しさん
年を取ればとるほど人間わがままになるという面があると思います。年をとるほど、自分事より他人様大事という生き方ではないかと思います。
プライド捨てるのは良いとしても無気力になってもいけない。


totoki

会社に拘束される時間が長過ぎると思う。

朝早く起きて、スーツを着て、会社に着けば上司と部下の中にいる自分、という役割を演じる。
夜は遅く帰って来て、時にはご飯も忘れ疲れて寝る。土日も拘束があれば呼び出される。
もし退職したりして会社から解き放たれたらどうなるんだろう、と心配になる。

病院で働いている時、女性の患者さんは集まって賑やかにお喋りをしている一方、
ワシは社長だったんだ、とか、何かあればすぐに、病院長を出せ、と言う年配の男性によく会った。
勿論紳士的で尊敬出来る程穏やかだったりユーモラスな方もいる。

名無しさん
サラリーマンを引退する前の現役時代から、会社と仕事に関係しない外部の人たちと積極的に接していないと、急にプライドを捨てろと言われても無理だと思う。会社や仕事や職責に関係なく、人として立派な方々は沢山いるが、会社や仕事関係で凝り固まってしまうと、人とニュートラルな視点で接することができず、やれ現役時代の会社やら職責やらでマウントしてしまう癖が付くのだろう。まあ、そういう人たちは学生時代から合コンとかで、大学名で色メガネで見られる環境にいる方々が多いでしょうから、ある意味かわいそうでもある。
kou
定年後に孤独に陥らないためにも、
普段から休みの日に、
会社の肩書き抜きで他者と交流する機会を持っておくと良いのではないのでしょうか。
趣味でも何でも良いかと思います。
名無しさん
仕事ができない、出来なかったであろう人ほど「悪いプライド」が高い。
聞いてもいない過去の栄光を自慢げに話したり、武勇伝きかされたり。
仕事ができる(た)人は、プライドなんて感じさせない。
きっと、仕事できること、評価されることが、当然のことだったから、自慢するようなことではないと思っているのでしょう。
昔の仕事話も、自から進んで話すことは、ほとんどないし、たまに話題にしても、内容は面白話しだけ。
うちは高齢者が多いので、うなずきながら読ませていただきました。
社内に掲示してあげたい。
名無しさん
いい記事だと思う。取り柄がない老害に限って意味のないプライドがある事が多い。結局損してるのに気づいてない
Whatcouldme
お喋りが好きだったのに、自分から「ペラペラ喋るのはみっともない」ことと、そんな風にさせられた人はいないのかな。そんな人にとってこういう記事は、周囲に余計なバイアスを配っていることになるのかも。(本当は十人十色であるはずのおじさんを十把一絡げにしようとする)
当の本人に、性別の「こうあるべき」の呪縛をかけるような環境がなかったら、彼らの孤独感やプライドの高さは今とどう変わっていたんだろう。
それがあったから記事にあるようなステレオタイプなおじさん(こうあるべきを守ってきた)像がみんなの頭にもプリントされたのかもしれない。


名無しさん
ああ…いらっしゃいますねこういうリタイヤ後の方特に大手企業の人に多い
要求が通らないと「わたしは○○会社で○長までやっててお宅らのサービスは昔から利用している」「お宅のサービスレベルも落ちたな」
というやり取り、何度も見てきました
それはきっと現役時代は個人ではなく後ろにいる会社に対しての特別対応を存分に享受しただけで会社辞めたらただの人になった
それだけでしょう
そういうところは女性のほうが結婚出産で振り回される過程で早々に気づかざるを得ないのでコミュニティの形成という面では長けてますね
名無しさん
こういう話は同じ失敗を経験した人でないとなかなか受け入れられないだろうなあと思う。
上から目線で正論を言われてもプライドの高い人はますます意固地になるだけだよ。
いくら指摘していることが正しくても。
名無しさん
会社を出たらみんなただのおじさん
レストランではお客さんだし犬の散歩してれば飼い主さん
周りから見てどんな自分なのかを想像してみるとよいです
おじさんは会社での自分のまま違う場所で立ち振る舞うのでうまくいかないのです
名無しさん
そういう男性と一度デートする機会がありましたが、何を話してもマウントを取りに来て、とにかく優位に立とうとしてくるので、話をしてもつまらないし疲れるしで、生涯で一番嫌なデートになりました
表示名って何だよ
プライドじゃなく、自由を容認する社会を形成をするべきじゃないのかな?
キリスト教でもないんで良くはわからんが、
変なプライドは要らないが、プライド捨てる必要もない
自由に生きれば良いと思うよ
名無しさん
プライドが高いのとコンプレックスが強いのは表裏一体ではないかな。


れん
虚勢を張ってプライドとやらを保ってた人ほど嫌われていた。
そしてそういう人物ほど、実力の有る無しに関わらず実は非常に弱かったりする。
逆に下の者の話にも耳を傾け、面倒がらずに身体も頭も動かす人は社内外からも信頼されていた。
自分で自分をすごい人物であると誇示・演出する人ほど、結局は愚かである事に気付いていない。
老後は病院や介護士さん、家族にさえも疎ましがられるんだろうな。
男性に限らず、マウント取りたがる女性も一緒。
プライド保つのも大変だね。
889
タイトルに惹かれて読んだらとても良い記事でした。ありがとうございました。
ホルモンの影響だとすると可哀想ですね…切り替えが早く出来れば、その後の人生も明るくなりそう。
Mr.darujan
当てはまるな。
自分の思う様な、状況ではないと退職をしてしまう。
会社を、経営していたが良く考えたら、彼らの人生に責任を持てるか?
自分は、経営者に向いてなかった。
今は、様々な仕事をしながら、生きている。
こんな、人間が生きていて良いのか、自問自答を繰り返しています。
名無しさん
プライドは仕事の質や行動に対して持つんだよ。
仕事の精度を高め、説得力のある行動をする。
じゃね?
コホナオスマカ
「孤独」とは本質的な自由のことを言うのだ。
若僧には分かるまい。
それと、記事文中にあるプライド云々。それは、日本のサラリーマン
の多くは会社では総合職だったことによる、と思ってる。
総合職と言うのは、自信の仕事や関連市場を上から見ていた。
そんな者が退職し老後生活をするのに、そんな視点では周りから
煙たがれるのは当然。精神的に野に下る、発想に転換すべし。無理か。
ugexjfwxjurfkydholqs
プライドの使い方を間違ってる人が多い。
プライドは自分を奮い立たせるもので、
他人との比較や優劣を測る物差しではない。
あおり運転などがいい例だと思う。


ha…..
会社勤めをするからには他者から承認されるプライドは一定程度は必須と思います。個人プレーでは無いので。極論として帰結することが意図しないことで、必死に働き詰めでいる人が「そういう生き方や発想も時として必要だよね」って回顧するバランスだと思います。
こういう記事はすごく納得感あるけど、時として極端にとらえて、そんなに働か無くていいんだと思い込みすぎる人がいるので、職場でもしわ寄せがあるんですよね。
名無しさん
結局は男性同士の縄張り争いみたいなところがあるように思います。動物みたいに、負けたらどこかにいなくなるということがないので、色んな所に出現しては気を使わせる人が現れるのでしょうね。
名無しさん
何事もバランスが大事。
承認欲求をこじらせた安いプライドは自分にも周囲にも害を及ぼすが、承認欲求が全く不要か?と言えば極論「周囲からどう見られようと自分さえ良ければそれで良い」事になってしまうのでこれもまた周囲に害を及ぼす恐れがある。
男性に限らず自分はこういう人間でありたいというビジョンが必要だ。
名無しさん
技術者も道具がなければただの人
肩書きもその会社でなければただの人
一度転職すればよくわかるんですよね
あかり。
女性だがガリガリ働いて来たゆえに、プライドは«悪い>良い»かもしれないなぁ、と感じてしまう。定年退職時書類にこの記事を一枚挟んでおいてほしいなー。仕事って自分を成長させてくれるけど、今回の記事にあるような負の作用もある。まぁ結局のところ、本人の考え方や協調性次第だけどもー♪
名無しさん
プライドを捨てるのもプライドって聞いたことあるけど、
時にはプライドを捨てると客観視出来るようになると思う。
プライド高いエリートの頑張りは分かるけどプライドだけで人脈拡大やお金稼げる訳でも無いからね。


名無しさん
孤独やプライドがあってもいいけど、他人に迷惑をかけるシルバークレイマーにはならないでもらいたい。
名無しさん
女性は、集まって他人とお喋りしながら何かをやることに楽しさや生き甲斐を感じる人が多いけど、男性はそこに楽しさを感じない人が多いんじゃないかな。無償で好きでもない(むしろやりたくない)ことをやるのは結構苦痛ですよね。
ただ、いくら会社で高い地位を確立していても、退職したらただの無職のおじさんと変わりないから、周りが頭下げたり何かしてくれて当たり前はもう通用しないってことを頭に入れておかなきゃ煙たがられる存在になってしまう。
名無しさん
あぁ、自分かも(笑)
なるほど、本当に為になります。
プライド、誇り、評価されることじゃなく、自分の為したことに誇りを持つかぁ…。
頑張ろう。
名無しさん
上役だった気持ちを、役職定年になり、かつての部下が上司になっても、自分の立場がまだ上に有ると、勘違いするオトコ。
時代の変化に追い付いていないのに、昔の感覚のまま振る舞う。
注意しても自分を省みない。残念なオトコがいる。
名無しさん
リタイアしてもプライドだけは高い。現役時代の役職が高い人ほど持ち上げられる事に慣れているから、退職後急に普通の扱いをされる事に我慢ならず、切れたり、理不尽なクレーマーになったりして老害と呼ばれるんだと思います。
名無しさん
自己評価が過大に低くて孤独な人も居る。
原因がプライドの問題と見極める術を持ち合わせるのは専門の医師だけだ。
傷付く事が怖いと言う人にこの言い分は溝を深めるだけ。
変わる必要の前に変われる強さを養わせないと一般論なんて上から土を被せる行為、この記事を書いた人は問題を理解していない。


名無しさん
偉い地位まで行き、役を降りた時気づくと思う。そのまでにいかに家族を大事にしていたか問われる。仕事しかしてこない人は家庭に居場所がないし(パートナーもどう接していいか分からない)趣味もない友達もいないからずーっと家にいてテレビを見ている。
意外な程に他人て自分を見ていないし興味がない。自意識過剰な人が陥りやすいパターン。
名無しさん
昔の人は何でもカッコつけて
生きてた時代だったからね
今は金が無くてひっそり暮らし
てても惨めな姿は見られたくない
のが本音だと思う
Rage against the ***
プライドと言うか執着心だと思う。
自信を持つこと自体は悪い事じゃない。
成功体験を繰り返すことで自信を持ち過ぎてしまうのが問題。
名無しさん
難しいな。
プライド捨てればという事だけど、それは自分らしさや
よく言われる個性と密接過ぎてストレス抱えることになる。
プライドを捨てるよりは持ったほうが人間らしい。
プライドを捨てたら見下す人、ナメる人も出てくる。
結局はポジションで対応、言葉使いを変えるのではなく
最低でも年齢で言葉使いに敬意を払えば問題ないと思う。
名無しさん
現役時代なら会社が守ってくれるが
ご隠居になれば次世代の子供たちが老人を守っている事を理解し行動すべきですね。
名無しさん
客観的に見るとプライドそのものの価値が下がってる気がする。誇りと拘りは別物と言う事が理解できてない。しかも歳を取ればその違いを誰からも指摘されないからドンドン孤独になっていく。プライドを誇示するには他人の存在は不可欠。でも相手がいないから単なる空回りおじさんになってしまう。


名無しさん
プライドが高いと評される人間は、誇り高いのではなく気位が高いだけの場合が多いね。
いまの45才〜55才あたりはそんなんが多い気するわ
子供を大事にする世の中に
自分もあるけど直せない笑
会話に関しては誰とでも真面目な会話や深い会話はとことん出来るタイプだけど
土足で踏み込まれたくない領域があるから誤解されやすい所はあるだろうなと思う。毎日自分てしんどいなって思う時はある。
プライドって人との壁を作ってしまうからそういう人って友人は
深く狭くなりやすい気がする。
名無しさん
以前カフェでプライドの高そうな60〜70代男性から座る席の問題で偉そうな態度を取られた事がありました。
どんなに偉い肩書きがあるのか知りませんが、自分より一回り以上下の女性に対し高圧的な態度で驚くと同時に、自分が年を重ねてもああいう風にはなりたく無いと心に誓いました。笑
瀬田乃安
プライドに良いも悪いも無い(^-^;
プライドは人を操る為に教育によって植え付けられるアプリです(^-^;
男が孤独になりやすいのはリーダー資質によるものです。女は寄り添う資質だから孤独になりにくい。
群れを率いるリーダーは孤独なのです!
何故なら、的確な判断をする為。
七つの大罪はキリスト教が自ら植え付け、それを指摘してるに過ぎない。自作自演です。そうすることで教徒を囲い込む為です。
物事には理由がある。それを見ずに結果のみで分析するととんでもない結果が出ます(^-^;
人間として生きる為には全てのプライドを捨てる事だと思います!
人間は神を目指してはいけない!全ての悲劇はそこから始まるのです(^-^;
名無しさん
要は、会社での扱われ方、
ステータスにこだわらない方が良い。
2千人規模の会社で役員までいったが、
退任しました。
一般求人募集で他業種、兵隊営業マンに。
いつでも、イチ営業マンとして
やれる自信とプライドがありましたが
最初は未経験者のリストラおやじが
入ってきたなという扱い。年下タメ口。
ここが踏ん張りどころ。
入社2年たち、ほぼフル込で
年収は2千万円を超え、
100人中10位まで来ました。
早期に結果がついてくると
扱いが全く違ってきますね。(笑)
名無しさん
1人で何かをする孤独と、1人で何もしない孤独の2種類の孤独がある。前者は魅力と捉えられ勝手に他人が集まる可能性があるが、後者は人が集まらない。後者は万歳では無い。


名無しさん
バレバレだというのに少しでも自分をよく見せ偉そうにして感心されたい、上に見られたい。
小学生並みと思うことがあります。
名無しさん
プライドを勘違いしてる人います。プライドではなくおごりなんじゃないかなと思っているけど、そんなの注意できないからほっといてます。収入が無くなってるのに時給では働きたくない、自分はまだまだでっかい仕事ができると思っているけど、なかなか仕事が見つからない61歳。プライドプライドいってますが、昨日1000円貸してと連絡がありました。
名無しさん
仕事で男女関係なく、「俺(私)はできる」といっている人でできる人を見た事がない。絶対何かぬけている。
一人で勝手に競い合ってる。一緒にやりづらい。
できる人はやっぱり謙虚だ。人間がてきている。
名無しさん
プライドというものの中味について、もう少し深く考察した方がいいと思う。プライドは高い低いというものではなく、自分自身の生きるスタイルの様なものだから、人様に迷惑をかけるものではないと思う。
外に発するものではなく、内部で消化吸収燃焼するものではないかな。
名無しさん
ただ良いプライドと悪いプライドって
正直線引きが難しいというか境界が無いんだよな。
あくまで程度の問題って感じ。
かと言ってプライドを一切持たないってのも
それはそれで価値が無いと思うし。
CUR
みんながそうだとは思わない。
周りをみてても一部の人にしか当てはまらないの
ではないかと考えます。
中高年男性と限定する根拠を示していただきたい。


名無しさん
人の評価を気にしすぎる人は、虚栄心が強くプライドが高い。
自分の「道」を極めようとする人は、人からどう思われようが、気にしないものだ。
名無しさん
男性はプライドの塊。
良いところもあると思うけど、
損してるなと思うところも多々ある。
妻側もそのプライドを崩さないよう気を遣うのも面倒。。
名無しさん
プライド高い=根拠もないのにムダに自信のある人と勘違いしてる人多いな
でも自分さえも騙せてしまう思い込みの強いプライドの高い人はある意味強くて羨ましい気もする。
名無しさん
長期間プライドだけが高い上司の下で不遇を受けることで、あなたも同様の振る舞いを受け継いでしまうことを知っておきましょう。知っておけば、連鎖を断ち切ることができるかもね。
名無しさん
男は定年後にお金はあっても仕事がないと辛いね。部長や課長だった人間がアルバイターになるのも気が引けるだろう。その点、医者や弁護士、経営者、教授、作家、芸能人は強いね。死ぬまで若い頃から継続できる仕事があるから。
名無しさん
単に自意識過剰なだけだな。
そもそもビジネスでは肩書きしか相手にされない。
いずれ肩書きは捨てるんだから、肩書きの無い、個人的実力・魅力の世界で過ごす時間をもつべきだろうね。


名無しさん
男性だけじゃなくて、最近は女性の社会進出とともに、女性もプライド高い人多い。
もちろん謙虚でいい人もいるが、若者に「最近の中年はこれだからダメだ」と言われていますよ。
名無しさん
ムダにプライドが高い人はナルシスト
とも思う。本当は傷つきやすいから
自分の間違いを認めるのは死に値するとか
思ってそうな…
そういうタイプは若い人でも結構いるけどね。
名無しさん
読んで納得した。
自分も今の内に気をつけなきゃ思ったが、なかなか自分で気づくのも難しいですね。
名無しさん
分かるけど、そういった価値観は会社で働いている時に培わないと染み付いたプライドは中々捨て去れないと思う。社会全体でそういう思考に持っていく為には、この記事の様にマイナス要因を是正する動きが必要。
名無しさん
人生をより幸せに生きるには、プライドと嫉妬は邪魔ですね。
Tape
プレイド捨てを賛美するのもいいけど、プライド無い人って自分自身への気配り以上に他人への気配りが無い人が多い様に思う。
感性とか気配りとかがどんどん薄れていくのは良い事なんだろうか?
そういう意味ではプライドを持って活きて行く方が好きだよ。


色気ある写真
自治会なんかでもよくある話。
若いときから関わってきた年下の役員に、それまで距離を置いてきた人がひょいと参入してもかなうわけない。
そこで立場をわきまえられるか、プライドに拘るか、それで地域での生き方が左右されることもある。
名無しさん
言ってることとやってることが違うとこの人なんなん?と思ってしまうよ。
自分には甘いのに、他人に対してだけは厳しい、そう言う人ってプライド高いんだろうね…
聞きもしないのに、一方的に延々と自分のことばかり話すもんだから、言葉のキャッチボールができない人なのだとわかって、だんだん聞くのを控えるようになっただけなのに、注目されないとわかると途端にすねる人って面倒くさい…
老いては子に従えってことが、わからないのか?できないのか…
名無しさん
あたしゃ「二十歳までは上下関係は生きた年数。社会に出たら能力。」と考え、二十歳以上の人には全て「さん」付けで生きて来た。50過ぎて新人をさん付けで呼ぶと、「なんでさん付けするんですか?」と良く聞かれた。その度に「あなたも立派な成人でしょ?私と対等な立場にある。年齢で上下があるのは未成年時代だけ。社会と言う戦場に出たら能力が全てです!」と答えてきた。定年後もその気持ちに変わりがないので、若者とうまくいっている。
名なし
自分が凄いと思ってる方は素晴らしい
小学1年生でも末恐ろしく敵わないちびは腐るほどいるわけで
自分が羽生ゆずるを越えたら少しはブライドを持とうかな一生ないな
名無しさん
なかなか的を射た考察だと感じました。
分かっていても抜けられない怖さを自分でも感じています笑笑
名無しさん
自分でプライドが何とか言ってる知人には、総じて人間関係が良かった人がいた試しがない。
一般企業でも、おっさんが多いけど男女関係なく、プライドプライド言ってる会社や人間程、不祥事だのパワハラだの隠蔽だのが出てきている印象がある。リーディングイノベーションしてた某家電会社とか、やっちゃえしてた某車会社とか、おじさん労組がイキっている某JRとか、みんなそうだ。基本的に自分のことしか考えてないので、会社のガバナンスは落ちるわ、統率出来ないわ、何にもいいことはない。


スクランブル脱臼
定年退職した方から会社で電話を受けた時、あまりの不遜で高飛車な物言いに腹が立った覚えがあります。役職者のつもりなのか、まるでいうことを聞けと言わんばかりの威圧バリバリの喋り方に驚いたことが。
何か勘違いし続けてるな、と。
名無しさん
いいプライドとわるいプライドと言うが、やはり後者はプライドとは
呼べず、退職も在職とも無関係にただ人迷惑なものだと思う。
名無しさん
誰の事も考えず、一人が心地良い時もあるし、その逆もある。
どんな時でも、プライドが見え隠れする同年代は会話するのも窮屈。常に仲間が傍にいる環境より適度に距離を置いた関係の方が何かと楽。
名無しさん
そもそも日本は、男性にそれをずっと強要してきましたからね。今でもそう。そうならない男性は情けないと未だに切り捨てられますからね。女性も男性に対して、そのように接する人が未だに多い。
今の日本は、男性をいたわらないで、厳しく冷たい国なんですよ。まあ、そんなこと言うと、男のくせにとか、色々と言うんでしょうね。
名無しさん
50代半ばはこの括りに入れても可哀そう。
就職難で少数入社で後の大量入社の後輩に突き上げられ、プライドも意地も捨てて会社にしがみつけた人だけが残れた。若い頃車や服に拘ったのもつかの間、バブル崩壊、やっと買った家がその後暴落の一途。子供の教育費がうなぎのぼりで恥を捨ててアルバイトして日がな生活費を稼いで家庭に持って帰って。捨てるプライドももう持ってもいない人しか生存できていないのでは?
名無しさん
プライドが無駄に高い中高年女性もいるはずだが何故それには触れないんだ。女性批判すると都合でも悪いのかな。


管理人の率直な感想

プライドを捨てる必要は無いと思いますけど。
「プライド」と「人を不快にさせる意地」は違いますからね。

人として最低限のプライドと尊厳は持っていたい。

がしかし!

現実としてそれでも孤独に繋がるならば・・・どうしましょう。
僕は独身ですけど、今はいいですよ。
友人たちにどんどん孫なんか出来ちゃったりして、孫が可愛くて可愛くて、そのとき自分が独身だったら・・・どうしましょう。

それは完全な孤独だ。

シェアハウスにでも住もうかな。



でも、シェアハウスに住んでる友人が言うには、男の方が気を遣うんですって。
例えばお風呂とか。

自分が早く出かけたい時に誰かがお風呂を使っている。
それが男だったら外から「早くしてくれー」って言えるんですけど、女性だったら言えないと。

しかも、こっちはお爺さんですからね。(そのときには)

女性は、女性のみのシェアハウスがあるからいい。



男女が平等に暮らせるシェアハウスはないのかな。

うん、老人ホームだなそれは。
早く結婚しないと!


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