独自の仮想通貨c0ban(こばん)を手がけるLastRoots社長の小林慎和さん(のりたか、43)の次男・廉之将くん(れんのすけ)には、重い障がいがある。
5歳になるが、ほかの子たちのように話すことができない。日々の生活にはおむつも欠かせない。
「変に気を使われたくない」と考えていた慎和さんは、廉くんのことを、ごく親しい人たちにしか言えずにいた。けれど、10月14日になって、慎和さんは廉くんのことを自身のブログに書き込んだ。
首がすわったこと、立ち上がったこと、歩き始めたこと。廉くんが成し遂げてきたことは、会社を立ち上げ、軌道に乗せる以上に大きなことではないか―― 。慎和さんは最近、そう考えるようになったからだ。
幼い子2人を抱え、いきなり海外で起業
2011年、10年近く務めた野村総研を辞め、スマホゲームで急成長していたグリーに転職した。「急成長しているグリーのビジネスから、学べることも多いのではないか」と考えた。
グリーで海外展開の担当になった慎和さんは入社後半年足らずで、シンガポールに赴任することになった。当時、横浜市役所の職員で、長男の育休に入っていた妻の智恵さんも、同行することにした。
家族4人でシンガポールに移り住んでから、9カ月後の2012年11月、慎和さんはグリーを辞め、起業を決めた。
「ぐにゃぐにゃした子」
起業1年目は、思いのほか順調だった。
独立して1年近くが過ぎた2013年10月、次男の廉くんが生まれた。シンガポールの病院で、「フロッピーな(ぐにゃぐにゃした)子だ」と言われたことを、智恵さんは覚えていた。
生まれてきたばかりの廉くんは、母乳を吸う力が弱く、血糖値が低かった。1週間、NICU(新生児集中治療室)に入った。
慎和さんはそのころ、「カオス・アジア」という起業家支援のイベントの立ち上げを進めていた。
イベントは成功したが、廉くんの発育は思うように進まなかった。
退院後、廉くんは母乳を飲めるようになったが、なかなか体が大きくならない。生後5カ月のときは、せき込んでいた廉くんののどにたんが絡まり、呼吸ができなくなり、入院した。
1年で6度の入院、100万円超える入院費
0歳の廉くんは、たびたび熱を出した。少し熱が上がると、白目をむくようにして、けいれんする。肺炎や気管支炎などで、1歳になるまでに計6回入院した。何度も検査をしたが、原因は分からなかった。
2014年、起業2年目の慎和さんは、2つめの会社Yourwifiを立ち上げた。旅行者向けに、Wi-Fiのルーターを貸し出すサービスで、インターネットで手続きが完結する。いわゆるECサイトのひとつだ。
突然、パートナーが事業から降りてしまった。動き出した事業を止めるわけにも行かず、慎和さん側が2000万円ほどを出資した。
入退院を繰り返す廉くんの医療費もきつかった。世界中の富裕層が集まるシンガポールの医療水準は高度だが、その分、医療費は高い。1泊あたりの入院費は、8万円ほど。2週間入院が続けば、支払いは100万円を超える。
仕事に集中したい時期だったが、息子の体調も予断を許さない。思うように売り上げが立たず、慎和さんは目の前が真っ暗になった。
智恵さんは「手伝わなくていいから、お願いだから稼いできてください。そういう気持ちでした。当時は、お金が苦しかったから」と振り返る。
シンガポールからクアラルンプールへ
子育てを智恵さんにまかせきりにして、慎和さんは事業に没頭していたが、妻に対する後ろめたい思いもつきまとった。
2014年9月、まもなく1歳になろうとしていた廉くんの体調が急変した。また熱を出し、けいれんし、意識を失った。
タクシーで病院に向かったが、慎和さんは「今度ばかりは駄目かもしれない」と思った。
ICU(集中治療室)で治療を受けた廉くんは無事だった。が、1晩の医療費の請求書を見て、慎和さんは絶望的な気分になる。日本円で150万円ほどの金額が書き込まれていた。
円安が進んだことで、家賃や教育費の負担も重くなっていた。毎月の家賃は当時、日本円にして50万円を超えた。
「次にやる事業はビッグウェーブを」
生まれたころは、「ぐにゃぐにゃしている」と言われた、廉くんの発達もゆっくりと進んでいた。まず、1歳6カ月が過ぎたころ、ぐらぐらしていた首がしっかりしてきた。
クアラルンプールで、トレーニングの施設を運営しているハンガリー人の専門家の元へも通った。左右にピンと張られたロープを伝って歩行の練習を繰り返した。廉くんは話はできないものの、首と手の動きで、「トレーニングをやりたい」と、智恵さんに意思を示した。
起業3年目に入り、慎和さんの事業も少しずつ上向いた。Yourwifiは、着実に売り上げが増えていた。
シンガポールでの起業は軌道に乗ったけれど、慎和さんは日本への帰国を考えていた。「いつかは日本で勝負したい」との思いもあったが、それ以上に、廉くんに日本で治療を受けさせたいと考えていた。
IT業界は、ブロックチェーンと仮想通貨の話題で持ちきりになっていた。
「次にやる事業は、ビッグウェーブを狙いたい」
そう考えていた慎和さんは、シンガポールで手がけていた事業を整理し、日本に戻ることにした。
「一生歩けないかもしれない」
帰国後の2016年6月、仮想通貨の取引所を運営するLastRootsを立ち上げた。日本で新しい事業を始めて間もなく、智恵さんの実家がある奈良県に一時帰国していた廉くんは、意識不明になった。
慎和さんは、仮想通貨で資金を集めるICO(Initial Coin Offering)の日本で初めての実施準備を進めていて、東京を離れられない。
しばらくして、仕事の合間を縫うようにして病院に行くと、医師から廉くんの病名を告げられた。
当時、廉くんは「けいれん重積型急性脳症」と診断された。二相脳症とも呼ばれる難病だ。
難病センターのウェブサイトによれば、インフルエンザなどの感染症をきっかけに、けいれんと脳の傷害を起こす。日本の小児に特有の病気で、生後6カ月から1歳ごろの発症が最も多いとされる。
医師は、これまでの病気とは異なる、新たに発症した病気だと説明した。そのうえで、70%の確率で身体と知能に障がいが残るとの見通しも告げた。
「この子は一生、歩けないかもしれない。話すことができないかもしれない」
慎和さんは、そう思った。
「きょうは、サプライズがあるよ」
マレーシアに戻った廉くんは、歩行のトレーニングを続けた。
トレーニングの間は、施設の方針で、母の智恵さんも近くにはいられない。2016年9月のある日、2時間の訓練が終わるころ、智恵さんが施設に戻ると、スタッフが「今日はサプライズがあるよ」と言った。
少しよろめきながら、廉くんが歩いていた。医師が難病を告知してから2カ月後、2歳11カ月の廉くんが記した大きな一歩だ。
智恵さんは、歩行する廉くんの姿を撮影し、日本に残っていた慎和さんに動画を送った。都内のワンルームマンションで動画を受け取った慎和さんは、大きな声で泣いた。
2017年3月、マレーシアに残っていた智恵さんは、3人の子どもたちといっしょに帰国した。廉くんは背が伸び、体も以前より丈夫になった。
「ほかの子とうまくやっていけるか」
2018年春ごろの智恵さんの悩みは、廉くんの幼稚園だった。
仕組みの上では、障がいがあっても、公立の幼稚園に空きがあれば通園することはできる。
しかし廉くんは、食事はひとりでできるが、話はできず、ひとりでトイレに行けない。夜中におむつを自分で外してしまい、朝になると、床に排泄物が散乱していることもある。
「廉は、ほかの子たちに混じって、うまくやっていけるだろうか」
智恵さんは心配だった。
背中を押したのは、廉くんがトレーニングを受けていた言語療法の先生の言葉だった。先生は智恵さんに「廉くんは人が好きだから、集団生活に入ると、今以上に伸びるよ」と言った。
廉くんは地元のショッピングモールでも、気づくと誰かについていってしまう。人の輪ができていれば、入っていこうとする。
智恵さんは、廉くんを幼稚園に通わせることに決めた。
歩けるようにはなったが、廉くんは段差が苦手だ。コンクリートの段差があっても、色が同じだと、高低差があることをうまく認識できない。
智恵さんは、幼稚園にかけ合った。園側も、段差を黄色のペンキで塗り、屋内の段差には赤いテープを貼ってくれた。
運動会で見た息子の行進
10月中旬、廉くんが通う幼稚園で、運動会があった。慎和さんは応援に出かけた。
入場行進を知らせるアナウンスが流れたが、慎和さんは「廉に、行進なんてできるのか。大丈夫か」と思った。
行進が始まると、同じ年頃の子たちに混じって、廉くんが歩いてきた。歩き方こそ、ほかの子たちとはちょっと違うけれど、確かな足取りで、行進していた。
慎和さんの目から、たくさんの涙がこぼれ落ちた。あわてて、観客席の後ろの方に隠れたものの、真っ赤になった目は隠しようがなかった。仕事の悩みで頭がいっぱいだったが、吹っ切れた気がした。
智恵さんも泣いていた。3人の子育ては楽しいが、床に散らばった排泄物を掃除しながら、「いつまでこれが続くのか」とやり切れない気持ちになることだってある。でも、廉くんの歩みは、ゆっくりではあるけれど、たしかに一歩ずつ進んでいる。
その夜、慎和さんは、ブログに廉くんの子育てや事業への思いを書いた。夫の変化を、智恵さんはうれしそうに見守っている。
「やっと廉のことを、みんなに話せる気持ちになったのかな」
(文・小島寛明)
僕の身内に障がい者はいないが、生活をしている上で障がい者の方が困っていたら必ず助ける。
当たり前だが。
障がい者との本当の向き合い方や、その大変さは、家族や身内が一番理解しているはずだし、周囲はどう向き合っていけばいいのか。
何が正解なのか。
今回のこの記事、家族に障がい者を持つ方の生活についてネット上の声を見てみましょう。
参照元:ヤフーニュース
URL:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181103-00010001-binsider-peo
みなさんの声
障害のある子を育てる人生は、綺麗事じゃない。
ただ一つ思うのは、こんなに色々考えたり、色々な感情を持てたのは、この子のおかげ…
そう思って生きていくのかなぁと思ってます。
うちもハードな方だと思うけど、床に汚物問題がそこまでじゃないので‥何か、良い解決策が見つかって、少しでも楽になる事をお祈りいたします。
奥さんに感服する。
海外で3人の子育て、1人は難病を抱えて度々けいれんを起こし意識を失う事もあっただなんて!
旦那は仕事で忙しく、金銭の不安もあった、、
私なんかは初めての子の熱性けいれんでは、初めてけいれんを見て、びっくりして泣いて病院に行ったし、2人目も頻繁に熱性けいれんを起こし、顔は紫で白目で、、いつも、死ぬんじゃないかと
パニックになりそうだった。
転勤で周りに頼れる身内がいないのと、子供の体調が悪くなってけいれんを起こしたら、、とか
不安ばかりで、自分が不安症みたいになった。
この生地を読んで、もっと強くなろう!と思いました。
その子には介護が欠かせず、そのため彼は転勤を断るようになり、昇進も諦めました。
その子の後にも二人子供をもうけましたが、穏やかに家族仲良くやっています。
子供に大きな障害があっても事業を諦めない方も立派ですが、家族のために自分の夢を諦める人も立派だと思います。
でも旦那さんは日本?
マーレシアの医療がどれだけ進んでいるのかはわからないけど日本を拠点にするなら保険適応や児童医療補助や福祉手当がある日本に連れて行かないのかが疑問に思う。
マーレシアで旦那さん抜きでもできるなら先に日本に帰国して日本の医療をしっかりと保険を使えば一日何百万も使わず済むと思うし、第2ヶ国語で対応せず母国語で理解度も高いはず。
苦しんだ事が金銭面も負担が大きかったのならあえてマーレシアっていう事をする必要があったのかなって思ってしまう。
夫の能力があれば、帰国してもっと手堅い会社のポストがあるだろうに。
自営だって、もっと楽な道がありそう。
それでも子どもたちと夫を信じて奮闘されていたのか…
奥様を尊敬します。
子供と向き合い、ともに成長して親になった。
素敵な家族を作りあえる夫婦って素晴らしい。
できたらそういう関係の築ける人との縁が一番欲しいものかも。
容姿、能力、障害、ありとあらゆる項目で。
辛い人生や、悲しい想いをしている人達を、
大人になるまでの長い経験の中で沢山見聞きしてきたはずなのに、
人の不公正を知っているはずなのに、
自分は運が良かったから、そういう人達がいてもさほど関係ないと、
具体的な解決策を考えない、持たない、示さないまま前に進み、
自分は幸福追求をするのが当たり前の権利かのように生きている、
そんな心無い決断をする人間が多すぎるのではないか?
人は不公正だなと思うことが毎日ある。
だから毎日考える自分はどうすればいいのか。
何が公正さに繋がる決断に当たるのかどうかを。
各々のその判断の違いで人の良し悪しも大方判別できる。
そういえば最近、周りで日本語話す外国人て増えたな。
この先、外国人もっと増やすんだってさ。
日本の未来、少し見えたかも。
単身赴任みたいな形でご主人だけ現地に残っていても何の問題もない気がするんですが
伝えることによって、目の前の現実を昇華できるという、新しい現実の受け止め方ってあると思う。
夫婦間の受け止め方の違いも推測される。
時間が必要だったんだろう、ということは理解できる。
起業が上手くいくまで、日本でお仕事をされていたほうが良かったのでは……
とか、私は現実を見てしまいます
私にはマネ出来ない気がする。
ただ、ご主人が「会社の人間関係が嫌だから!」とか、そんなクソな理由で起業している訳ではないし、奥様や家族を大事にしているから奥様が着いていけてるのだろうと思う。
ちゃんと家族の一員なんだよね。
私の夫なら、今現状でさえ、「オレは仕事があるから、家の事はお前に任せた!」と言う。
あの…私も仕事しておりますが…。
せめて日曜の少しの時間だけでも、父親として子供の相手をしていただけないでしょうか、と思ってしまう。
夫婦すれ違い生活のために離婚する人っているけど、わかる気がする。
週一度会う程度、子供を遊びに連れていくのに、一緒に行くのは数ヶ月に一度、主に私の役目。
ダメだね、ネガティブになってる。
自分の父親は母に対してDV夫で、私が子供の頃に離婚しているから、父親像がない。
当たり前にこんなものだと受け入れていったり、
大変過ぎて泣ける時も、それを超えた楽に思う時何かもっと他に出来る事はないかとまた考えたり。
この奥様のトーンが家族を支えていると思うよ。
どちらも凄そうなのにすごく前向きですね
仮想通貨はガクトコインを始め胡散臭いのばかりですが。違う職にシフトして頑張ってほしい
いちいち子供を引っ張り出さなくてもいいと思うんだけど。
家族に恵まれて良かったと思うわ。
財務省に業者登録できないことを心配してるのに、顧客資産をリスクに晒してる心配はしてないのね
この本末転倒さがコンサルらしいとこだと思う
生きてることがいちばんのこと。例えこのまま一生オムツでも良いのです。本人が楽しく生きていてくれれば、笑顔でいてくれれば、私はそれで十分。
確かに大変な状況だとは思うけどね。
でも、そんなことを言ったら、障の字も差し障りの意味なのだから、「しょうがい者」と書かなければならなくなると思うのだが。
いろいろなひとにサポートしてもらわなければならない場面がある。どんどん知ってもらう方がよっぽど子供にとっては幸せにつながるはずなんだが。結局は本人第一なんだなって記事になってしまっている。
子育てで、大変な思いをされているご家族に、沢山の幸運が訪れますように。
そりゃまあ負荷は増え気味だけど半分は子育て上発生するもの
気の持ちようが良い方に回っているようで何より。
最期の方の仮想通貨の話など「子供の障害」となんら関係無いので、新しい病気を伝える話なら邪魔でしかない。
こんなに子供のことを思っている社長なら、その会社も誠実なものに違いないと思わせるための宣伝記事ですか?
正規の登録ができない仮想通貨取引所などどう考えてもうさん臭さしかないのではないのか。
入院費150万なんて、貧困層では払えない金額。
ZOZOの社長と同じく自分は有名人ってオゴリやな!
ZOZOより遥かに無名やけど!
小児科病棟 行ってみなョ。
もっと重症化してたり、、 完治不可の子供はゴマンといる。。
大袈裟すぎる
ちょっと何が言いたい文章なのか・・・分からない・・・
社会はそれをその場しのぎキレイごとで同情してますみたいな理解を示すだけで、結局は心のなかでは他人事。
障碍のある人にも平等な社会なんてない。
せめて障害のある人が働ける社会になってほしい。
いろいろな法律で障碍者を守っていますみたいに政治家はいうけど、本当の意味で助けになっていることはほんの少しだけ。
もっと現状を知る人がそういうことを決める立場にいてほしい。
本当の意味でのバリヤフリーな社会になることを期待します。
周囲から恨み辛みをかってる人間は
家族に不幸がふりかかる
海老蔵やこいつはその典型
障害では無いのか?
害なんだから!
まとめ
障がい者問題は誰しもが真正面から向き合うべき問題。
たとえ身内に障がい者がいなくても、日常生活をする上で接する機会は必ずある。
「不幸アピール」とか言っちゃう人の神経が分からない。
ぶっ叩いてやりたい。
成功した人が書いてるから僻んでるの?妬みかな?
テメーが同じ立場だったらどうするよ?
どう思うんだろう。
同じ立場になっても「はい!不幸アピールしてますけど何か?」と言えるなら僕は何も言うことは無いが。
ネット上で匿名とはいえ悪口を書いちゃうような人に何も期待はしないが、せめて意地悪はしないでほしい。
もちろん多くの人は心を持った人だと思うし、「親切」の度合いは人それぞれだと思うが、障がい者の方へ手を差し伸べられる人だと信じている。
それが日本人でしょ。
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